【独自】2026年ベトナム経済を読む視点

InfoBase代表
三浦 賢弥

本レポートの執筆・監修者

株式会社InfoBase 代表取締役 三浦賢弥

500社以上のベトナム進出支援経験:日本企業向けベトナム市場調査・戦略立案に約8年関わり、中小中堅企業から大手企業まで500社以上のベトナム進出支援に携わる。
・10年以上のベトナムとの関わり:ベトナム留学、ベトナム地域研究を通じた修士号取得、日本政府機関・民間コンサルティング会社を含め、産官学で10年以上、ベトナムと関わる。

私はこれまで10年以上にわたって、日本企業のベトナム進出支援やベトナム市場調査に携わり、ベトナム経済の変化を追い続けてきた。そのなかで感じた印象として、2026年のベトナム今後5年間に向けた大きな「転換点」になると捉えている。

その理由として、トー・ラム体制下での経済運営の再始動、アメリカの保護主義的な通商政策への対応、そしてインフラ整備制度改革による国家の成長戦略の見直し—これらが同時に動いている状況とみている。

経済成長率の目標値10%以上という掲げた目標や、「安価なベトナム」からの脱却を国営企業から民間主導への転換で実現しようとする方針は、単なるスローガンで終わらず、ベトナム政府の実際の行動に反映されているように見える。さらに、ロンタイン国際空港南北高速鉄道の動き出しは、政府がこの年を「実行の年」としてこれまで以上に実現に向けて動いていることを示しているのではないか。

本稿では、長年現場ベースでベトナム経済をウォッチしてきた経験をもとに、2026年のベトナム経済の動向を基礎から深くまで解説していく。数値の背後にある政策の意図と課題に加え、私自身の考えも交えながら、2026年〜2030年にかけてベトナムがどこへ向かうのかを読み解いていきたい。

※本記事を執筆する上で参考にした情報源は記事末尾にリストアップしています。

ベトナム第14回共産党大会:トー・ラム書記長体制と経済改革の全体像

第14回ベトナム共産党大会2025の概要|権力構造転換の歴史的意義

ベトナム共産党大会の仕組み|5年に一度の意思決定プロセスと代表選出方法

ベトナム共産党の第14回全国代表大会(党大会)は、5年に一度開催されるベトナム最大の政治イベントである。この大会は、約500万人の党員を代表し、全国から集まった約1,500人の党代表による、短期間ながらも極めて集中的な意思決定の場となる。

実態として主要な決定は大会の場で民主的に議論されるわけではない。実際には、ごく少数の党トップによって事前に方針が固められており、大会はその追認の性格が強い。このプロセスは長年のベトナム政治の慣例となってきた。

トー・ラム氏による演説の様子(出所)ベトナム共産党中央委員会政治理論部

第14回党大会が2日間短縮された理由|トー・ラム書記長への権力集中を示唆

長年、ベトナム政治・経済をウオッチしてきた私であるが、今回の第14回党大会には、通常とは大きく異なる特徴があった。当初25日間の予定で開催されるはずだった大会が、急遽2日間近く短縮された。この異例の短縮は、単なる運営上の都合ではなく、極めて重要な政治的メッセージを含むと見ている。

大会が短縮された最大の理由としては、代表たちが事実上の「一人支配」に同意したためだと考えられる。通常であれば、新しい指導体制や政策方針をめぐって一定の議論や調整が必要となるが、今回はトー・ラム書記長への権力集中という方向性について、代表間で早期に合意が形成された可能性が高い。

この円滑とも取れる再任プロセスは、表面的には党内の結束を示すものであるが、同時に反対意見や慎重論が封じ込められたという可能性を各欧米メディアも指摘していた。

「集団指導体制」から「一強体制」への歴史的転換

今回の党大会が持つ最も重要な歴史的意義は、ベトナム政治における権力構造の根本的な転換である。これは、2000年代や2010年代に確立されていた4〜5人トップ指導者グループによる集団統治体制とは大きく異なるからだ。

従来のベトナムは、党書記長、国家主席、首相、国会議長という「四柱」と呼ばれる最高指導部が、相互に牽制し合いながら政策を決定する集団指導体制を採用してきた。この仕組みは、権力の過度な集中を防ぎ、複数の視点から政策を検討できるという利点があった一方で、意思決定の遅延省庁間の調整コストが課題とされてきた。

しかし第14回党大会以降、トー・ラム書記長を中心とする新指導体制が確立され、事実上の「一人支配」へと舵を切ることになった。

政治的には保守強硬派であるラム氏だが、同時に低付加価値製品の輸出と国家による企業・土地の管理という従来のベトナム経済モデルが限界に達していることも認識しているようだ。このため、大会後に大きな政策転換は起こりにくいと考えられるものの、既定路線の実行スピードは以前にも増して向上する可能性が高い。

集団指導から一強体制への移行は、迅速な意思決定という明確なメリットをもたらす一方で、異論を許さない統制強化が進むリスクも孕んでいると言える。欧米の各専門家からは、政策ミスが生じた際の修正機能が弱まる可能性が指摘されており、この権力構造の変化が今後のベトナムにどのような影響をもたらすのか、国内外の注目が集まっている。

トー・ラム書記長の権力基盤|公安省出身の経歴と政府機構改革の実績

ベトナム共産党第14回全国代表大会の開幕式(出所)ベトナム通信社

トー・ラム氏の書記長・国家主席兼任|党と国家の権力集中が意味するもの

第14回党大会後の最も注目すべき人事動向の1つは、トー・ラム書記長が国家主席のポストも兼任する見込みであることだ。現職のルオン・クオン国家主席が政治局から外れたことを受けて、ラム氏が国家主席を兼務するとの「観測・見方・推測」が、国内外メディアから相次いで報じられている。

ベトナムの政治システムにおいて、党書記長は共産党のトップとして党内の最高権力を持ち、国家主席は国家元首として対外的な代表権を有する。この二つのポストを一人が掌握することは、党と国家の両方における意思決定権を掌握することを意味することに他ならない。

ベトナム戦争後最強の権限|トー・ラム書記長の権力集中を専門家が分析

ラム氏の権力集中がどれほど歴史的な意味を持つかについて、シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所のグエン・カック・ザン氏は、AFP通信に対して評価を述べている、

同氏によれば、「もしラム氏がこれら2つのトップポスト(書記長と国家主席)を手にすれば、「ベトナム戦争終結以来、ベトナムの指導部として最強の権限を持つことになる」という。

ベトナム戦争が1975年に終結して以降、約50年間の現代ベトナム政治史において、これほどまでの権力集中が一人の指導者に認められた例はないとしている。

トー・ラム書記長の経歴|公安省出身の実務家が取る実利的な政治手法

トー・ラム氏の政治的基盤を理解する上で、その経歴は重要な要素となる。公安省出身のラム氏は、治安・安全保障分野でキャリアを積み上げてきた人物だ。この背景は、彼の政治スタイルに大きな影響を与えている。

ラム氏は、前任者であるグエン・フー・チョン氏の基本路線を継承し、チョン前書記長が推進した反汚職キャンペーンを継続しながらも、経済政策においてはより実務的で結果重視のアプローチを今後も取ることが予想されている。

ベトナム政府機構改革の実績|8省庁廃止・15万人削減が示す政治的意図

ラム氏が就任以来実行してきた政府機構改革は、その指導力と実行力を示す具体的な施策として評挙げられる。改革の規模は極めて大胆であり、ベトナム行政史上でも類を見ないものだからだ。

まず、8つの省庁や機関を廃止することで政府の階層を整理した。この再編により、公務員の削減数は約10~15万人に達していると報道されている。さらに、国内の省の数を63から34へとほぼ半減させ、統合や解散によって省庁レベルの機関を劇的に減少させた。

この大規模な行政改革は、単なるコスト削減や効率化以上の政治的意図を示すものだ。ラム氏は、この再編の多くを意思決定の集中化と統一的な政策執行を通じて『地方主義』を克服し、国家の結束を高める」という名目のもとで推進している。

地方主義とは、各地方や各省庁が独自の利害に基づいて動き、中央政府の方針が十分に浸透しない状態を指す。ラム氏の改革は、この地方主義を打破し、中央からの指令が迅速かつ確実に実行される体制を構築することを目指している。この改革により、政策の実行スピードが向上することが期待される。

ベトナム2026-2030年国家目標|GDP成長率10%・1人当たり8,500ドル

ベトナム1人当たりGDP(名目)の推移と予測(2000〜2030年)

中所得国入りを目指すベトナム|2030年1人当たりGDP目標の背景

この第14回党大会で示された2026~2030年期の経済成長目標であるが、IMF世界銀行等の国際機関の予測数値と比べれば、非常に野心的な数値が設定された。年平均GDP成長率10%以上という成長率の目標は、近年のベトナム経済の実績(年率6~7%程度)と比較しても極めて高い水準であり、達成には相当な政策努力と構造改革が必要となる。

1人当たりGDPについては2030年までに約8,500米ドルを目指すとしている。この目標が達成されれば、ベトナムは高・中所得国の仲間入りを果たすことになる。2025年時点での1人当たりGDPが4,000~5,000ドル程度と推定されることから、5年間でほぼ倍増させる計算となる。

投資関連の指標も意欲的である。総資産形成はGDPの35~36%、社会全体投資はGDPの約40%という目標が掲げられている。これは、インフラ整備産業育成に大規模な資金を投入し、経済成長の基盤を固める方針を示している。

もっとも、これらの経済成長目標は、国民や企業への政策方針の明示と、各省庁・地方政府など関連機関に対する行動指針として、士気高揚と目標達成へのコミットメントを促す役割が大きいことは留意しておきたい。

ベトナム産業構造の転換戦略|製造業GDP比28%・労働生産性8.5%増の目標

経済成長の量的拡大だけでなく、産業構造の質的転換も重要な目標として掲げられている。ベトナムは従来の低付加価値製品輸出依存型経済から、より高度な産業構造への転換を図ろうとしているためだ。

製造・加工業については、GDPの約28%を占めることが目標とされている。これは、単純な組み立て作業から、より高度な製造プロセスへの移行を意味する。ベトナムは「世界の工場」としての地位をさらに強化しつつ、付加価値の高い製品生産へとシフトしていく戦略を立てているからだ。

生産性向上も重要な柱となっている。全要素生産性の成長への寄与率を55%超とすることで、単なる投入量の増加ではなく、効率性の向上による成長を目指す。また、労働生産性は年平均約8.5%増という高い目標が設定されており、教育訓練や技術革新による人材の質的向上を重視しているベトナム政府の強い方針が改めて伺える。

ベトナムのGDPセクター別成長率(%)(出所)KPMG ” Vietnam Economic Outlook 2026”

ベトナム社会開発目標2030|平均寿命75.5歳・有資格労働者40%の実現へ

経済成長だけでなく、国民の生活の質的向上も重要な目標として掲げられている。

健康分野では、平均寿命約75.5歳(健康寿命68年以上)とする目標が示されている。医療体制の充実公衆衛生の改善により、国民がより長く、より健康に生活できる社会の実現を目指している。

教育・人材育成も重視されている。有資格・修了証保持労働者の割合を35~40%とすることで、労働力の質的向上を図る。これは前述の労働生産性向上目標と密接に関連しており、高度な技能を持つ人材の育成が経済成長の鍵であり、不可欠になるためだ。

ベトナムの気候変動対策2030|温室効果ガス8-9%削減と環境目標

気候変動対策として、温室効果ガス排出量を8~9%削減する目標も掲げられている。ベトナムは気候変動の影響を受けやすい国の一つであり、海面上昇や異常気象への適応が喫緊の課題となっている。

トー・ラム書記長も党大会の演説で、「気候変動に適応し、強力な地域間およびグローバルな接続性を確保するためのインフラ開発が必要である」と強調しており、環境配慮型のインフラ整備を重視する姿勢が見て取れる。

ベトナム経済政策の転換へ|国営企業偏重から民間セクター重視へ

2025年11月1日午後、 ベトナム政治局の決議第68-NQ/TW号の実施のための国家指導委員会委員長であるファム・ミン・チン首相が、指導委員会の第2回会議を主宰した (出所)ベトナム情報通信省対外情報局

ベトナム決議68号とは?民間経済発展を促進する2025年5月の政策転換

ベトナム経済政策における歴史的な転換点として、2025年5月4日にトー・ラム書記長が署名した「決議68号」が挙げられる。正式名称は「民間経済部門の発展を促進することに関する政治局決議第68号‐NQ/TW」であり、共産党最高レベルが示す経済路線の指針となる極めて重要な政策文書である。

この決議は、税制優遇官僚的手続きの簡素化を通じて民間部門を活性化させようとする試みであり、従来の国営企業偏重政策からの方向転換を明確に示している点で注目に値する。建前上は社会主義である共産党が最高レベルの政策文書として民間経済の発展を掲げることは、ベトナムの経済思想にとっては大転換とも言える事象だからだ。

興味深い点として、決議68号は単なる理念文書ではなく、具体的な施策と数値目標を伴った行動計画が明記されている点だ。税制面での優遇措置、行政手続きの大幅な簡素化、民間企業への資金調達支援など、多岐にわたる支援策が盛り込まれている。

ベトナム企業数200万社目標|2030年までに倍増・2045年300万社計画

決議68号の中で特に注目すべきは、企業数の拡大に関する具体的な数値目標である。ベトナムは、2030年までに企業数を200万社に、2045年までに300万社に増やすことを明確に掲げている。

現在のベトナムの企業数は約80~100万社程度と推定されており、2030年までに200万社という目標は、現状のほぼ倍増を意味する。さらに、2045年までに300万社という長期目標は、今後20年間で企業数を3倍以上に増やす野心的な計画である。この目標は単なる数の増加を目指すものではない。多様な企業が市場に参入し、競争することで、イノベーションが促進され、経済全体の活力が高まることを期待したものだ。

ベトナム国営企業改革|赤字企業の淘汰・民営化・再編が本格化

民間セクター重視への転換と表裏一体をなすのが、国営企業改革の断行である。トー・ラム書記長は、第14回党大会において、過去との明確な決別を宣言する厳しい方針を打ち出した。

最も象徴的なのは、赤字の国営企業には存続できない可能性があると警告したことである。「赤字を垂れ流す国営企業を温存しない」という言葉は、従来のベトナム政治では考えられなかった踏み込んだ表現である。これまで、国営企業は政治的配慮から赤字が続いても存続を認められるケースが多かったが、ラム体制下ではそのような甘えは許されないことを明確にした。

「国営企業偏重からの転換」という方向性も明示されている。社会主義国であるベトナムにおいて、国営企業は経済の中核を担う存在として特別な地位を与えられてきた。しかし、周知の通り、多くの国営企業が非効率的な経営に陥り、市場競争力を失っているという側面がある。

ラム書記長の方針によれば、収益性や競争力の低い国営企業は、再編・民営化・整理の対象となる。再編とは、複数の企業を統合してスケールメリットを追求することであり、民営化とは国営企業を民間に売却することである。そして、再生の見込みがない企業については、整理、すなわち清算も辞さないという厳しい姿勢を示している。

この改革は、単なる経済効率の追求だけでなく、国家財政の健全化という意味合いが強い。赤字国営企業への補助金は財政を圧迫しており、これを削減することで、より生産的な分野への投資が可能となる。

ベトナムのナショナルチャンピオン戦略|2030年までに20大財閥創設計画

ベトナムで最も価値があるブランドトップ10社(出社)ブランドファイナンス社

国営企業の整理・淘汰を進める一方で、ラム書記長は新たな産業育成戦略も打ち出している。その中核となるのが「ナショナル・チャンピオン戦略」である。

ラム氏の解決策の一つは、2030年までに20の巨大な「ナショナル・チャンピオン(国家代表企業)」コングロマリットを創設することである。これらは民間企業でありながら、政府の強力な関与を受けるという独特の性格を持つ。

より具体的には、2030年までに1~3社のベトナム企業を世界トップ500企業に育成するという目標が掲げられている。世界トップ500企業とは、フォーチュン・グローバル500に代表される世界最大級の企業群であり、ベトナム企業をこのレベルまで引き上げることは極めて野心的な目標であると言わざるを得ない。

アメリカ合衆国のシンクタンクを含む超党派組織である外交評議会(CFR)の東南アジア・南アジア上級研究員のジョシュア・カーランツィック氏によれば、この戦略は、汚職や不透明性に悩まされてきた韓国の「財閥(チェボル)」を一部モデルにしていると言われている。

韓国の財閥モデルは、政府の強力な支援のもとで巨大企業グループを育成し、短期間で経済発展を実現した成功例として知られる。サムスン、現代、LGなどの財閥は、韓国経済の牽引役となり、世界市場でも競争力を持つ企業に成長した。

ベトナム決議02号(2026年1月)|国際競争力指標の順位上昇目標と内容

民間セクター重視の政策をさらに具体化するものとして、ファム・ミン・チン首相が2026年1月16日に署名した「政府決議第02号/NQ-CP」がある。これは、2026年におけるビジネス環境の改善と国家競争力の向上を目的とした政府決議である。

決議02号の特徴は、国際的な各種指標における順位向上という、具体的で測定可能な目標を設定していることである。政策の成果を客観的に評価しやすい。

国際指標改善目標(2026年)

指標カテゴリ目標
持続可能な開発目標(SDGs)世界トップ50位以内
財産権指数3位以上の順位上昇
グローバル・イノベーション指数1位以上の順位上昇
電子政府開発指数(EGDI)2位以上の順位上昇
物流・観光4位以上の順位上昇

決議02号は、企業数の増加についても具体的な目標を設定している。新規設立・再開企業数については、2025年比で15~20%増という目標が掲げられている。

この目標は、前述の決議68号における2030年までに200万社という長期目標に向けた、年次の具体的なマイルストーンとして位置づけられる。2025年比で15~20%の増加を毎年達成していけば、2030年の目標達成が視野に入ってくる計算である。

政策背景:中所得国の罠との戦い

ベトナムが年率10%以上という極めて野心的な経済成長目標を掲げる背景には、差し迫った人口動態上の危機感がある。ベトナムの主要な労働力人口が急速に高齢化しており、経済成長の原動力となってきた「人口ボーナス」が終わりつつある。

ベトナム指導部は、民間企業に自由を与えることで成長を加速させ、高付加価値製品を生み出すための猶予は、あと数年が重要であると見ている。低賃金労働力に依存した経済モデルから、技術力とイノベーションによる高付加価値経済への転換を、人口ボーナスが完全に消失する前に実現しなければならない。時間との戦いという認識が、トー・ラム書記長の急進的な改革の原動力となっているだろう。

ベトナムの人口ピラミッド(%)(出所)KPMG ” Vietnam Economic Outlook 2026”

ベトナム汚職撲滅運動の現状|経済改革と表裏一体の「聖域なき」摘発

グエン・フー・チョン反汚職路線の強化|トー・ラム体制で何が変わるか

トー・ラム書記長は、第14回党大会において、反汚職への強い決意を明確に表明した。ラム氏は「民間部門を経済の重要な柱と見なし、汚職との戦いを断行する」と述べ、前任のグエン・フー・チョン書記長が推進してきた「聖域なき、例外なき」反汚職キャンペーンを、より強力に継承する姿勢を示している。

公安省出身のラム氏は、この反汚職キャンペーンの実質的な実行責任者として重要な役割を果たしてきた。書記長就任後も、この路線を後退させるどころか、さらに強化する方針を打ち出している。ラム氏にとって、汚職撲滅は単なるスローガンではなく、経済改革を成功させるための不可欠な前提条件として位置づけられている。

民間部門の発展を促進するためには、公正で透明な競争環境が必要である。汚職が横行する状況では、賄賂を支払える企業が優遇され、真に競争力のある企業が不利な立場に置かれる。また、外国投資家にとっても、汚職リスクは投資判断における重要なマイナス要因となる。ラム氏の反汚職への強い決意は、民間セクター重視という経済政策と表裏一体の関係にある。

ベトナム投資案件の承認遅延|反汚職政策と官僚萎縮の関係

反汚職キャンペーンは、短期的には予期せぬ副作用を生み出す可能性がある。その最たるものが、官僚の萎縮と保身の問題である。

厳格な汚職摘発の結果、官僚たちは自らが摘発の対象となることを恐れ、極度に慎重な行動を取るようになっている。特に問題となっているのが、認可書類への署名をためらう傾向である。プロジェクトの認可、許可証の発行、投資案件の承認など、あらゆる行政判断において、官僚が責任を負うことを回避しようとする姿勢が強まっている。

官僚の立場からすれば、この慎重姿勢は合理的な自己防衛である。何らかの判断を下せば、後にその判断が問題視され、汚職や不正の疑いをかけられるリスクがある。一方、何も決定しなければ、少なくとも汚職で摘発されることはない。このような心理が働いた結果、「何もしないことが最も安全」という消極的な姿勢が官僚組織に蔓延している。

この「保身」現象は依然として強く、ベトナムの行政機能にネガティブな影響を与えている。本来であれば数週間で処理されるべき案件が、数ヶ月、場合によっては1年以上も放置されるケースが報告されている。

ファム・ミン・チン首相も首相を退任の見通しとなった(出所)在カナダベトナム大使館

ベトナム行政手続き遅延の実態|不動産・インフラ案件が1年以上停滞する理由

官僚の萎縮は、特に不動産開発や大規模公共投資において手続きの遅延を常態化させている。不動産開発プロジェクトには、土地利用許可、建設許可、環境アセスメント、インフラ接続許可など、多数の行政手続きが必要となる。これらの手続きのどれか一つでも滞れば、プロジェクト全体が停滞する。

大規模公共投資も同様の問題に直面している。道路、橋梁、発電所などのインフラプロジェクトは、多額の資金が投入され、複数の省庁や地方政府が関与する。各段階で担当官僚が慎重になりすぎた結果、プロジェクトの進捗が大幅に遅れるケースが多くなっている。

一方で、ベトナム政府も反汚職キャンペーンの副作用を認識していない訳では無い。これを緩和するための制度改革を加速させていることは様々な文書や施策からは伺える。官僚が保身に走る根本的な原因は、「何が問題で、何が問題でないか」の基準が不明確であることにある。このため、ルールを明確化し、透明性を高めることで、官僚が安心して職務を遂行できる環境を整備しようとしている。

第14回党大会の人事結果と指導部の世代交代

ファム・ミン・チン首相退任へ|政治局リスト除外で事実上確定・2026年春公式発表

第14回党大会における最も注目すべき人事の一つが、ファム・ミン・チン首相の事実上の退任である。第14回党大会で選出された新しい中央委員会・政治局のリストに、現職のチン首相の名前が含まれておらず、次の国会で首相職を退く見通しだ。

党大会での中央委員会選出は、ベトナム政治における人事の「入口」となる極めて重要なプロセスである。約1,600人前後の代議員が、第14期中央委員会(約200人:正委員180人+予備委員20人)を秘密投票で選出する。ただし、すべての候補者は共産党によって事前に選出され、承認は通常ほぼ満場一致となる仕組みである。

正式な退任は国会での手続き・人事投票を経て確定するが、その前段階として、党の中央委員会・政治局から外れた時点で「続投の可能性はほぼ無い」と判断されるのが、ベトナム政治の慣例である。

ベトナム共産党中央組織図(出所)InfoBase作成

中央委員会・政治局の選出プロセス|ベトナム共産党の人事決定メカニズム

チン首相の退任が事実上確定したと見なされる背景には、ベトナム政治の厳格な序列構造がある。ベトナム政治では、中央委員会→政治局→「四柱」(書記長・国家主席・国会議長・首相)という明確な階層が存在する。

この序列において、中央委員会にも政治局にも入らなかった人物が、首相などの最高ポストにとどまる余地は事実上ない。首相は政治局のメンバーであることが前提とされており、政治局は中央委員会のメンバーから選出されるからである。

ファム・ミン・チン首相の影響力低下|退任確定から正式発表までの期間

ただし、首相の交代は国会での正式な選出・承認が必要なため、「公式発表」はまだ先となる。その正式決定は、2026年4~6月ごろの新国会で行われる見通しである。

ベトナムの政治システムでは、共産党が人事を実質的に決定し、国会がそれを追認するという構造になっている。党大会で中央委員会と政治局が選出され、新しい指導部の布陣が固まった後、数ヶ月遅れて国会が開催され、そこで政府の人事(首相、副首相、各大臣など)が正式に承認される。

したがって、チン首相の退任と後任人事は、2026年春の国会で正式に発表される見通しだ。それまでの間、チン首相は職務を継続するが、重要な政策決定における影響力は大きく低下していると見られる。

日本留学経験を持つレ・ミン・フン氏|ベトナム新指導部の注目人物

日本留学経験を持つレ・ミン・フン氏|ベトナム新指導部の注目人物

55歳で政治局入り|レ・ミン・フン氏が世代交代の象徴となる理由

今回の党大会における人事で最も注目されているのが、レ・ミン・フン氏である。

レ・ミン・フン氏は、1970年生まれだが、この年齢は、ベトナムの政治指導者としては比較的若く、今後長期にわたって重要な役割を果たす可能性がある。

出身はベトナム北中部・ハティン省学歴は公共政策学修士であり、特筆すべきは日本の旧埼玉大学大学院政策科学研究科(現・政策研究大学院大学の前身)に留学・修了した経歴を持つことである。この日本留学経験は、フン氏の政策形成能力や国際的視野の形成に大きな影響を与えたと考えられる。

また、日本との関係強化を重視するベトナムの外交戦略において、日本に精通した指導者の存在は重要な意味を持つだろう。

レ・ミン・フン氏のキャリア|中央銀行総裁歴任・金融マクロ経済の専門家

レ・ミン・フン氏は、これまで中央銀行総裁共産党中央の要職を歴任してきており、金融・マクロ経済と党人事の両方に通じる人物として評価されている。

中央銀行総裁としての経験は、彼に金融政策、為替管理、銀行監督などの専門知識を与えた。ベトナム経済が急速に発展し、国際金融市場との統合が進む中で、金融システムの安定性確保は極めて重要な課題となっている。フン氏は、この分野での実務経験と政策立案能力を持つ数少ない指導者の一人である。

また、共産党中央の要職を歴任してきたことは、党内の人脈と政治的駆け引きのノウハウを身につけていることを意味する。ベトナムでは、いかに優れた政策構想を持っていても、党内の支持を得られなければ実現できない。フン氏は、専門的な政策能力と政治的な実行力の両方を兼ね備えた、稀有な人材として位置づけられている。

このような経歴から、フン氏は「若い中枢エリート」として注目されている。ベトナムの指導部は長年、高齢化が課題とされてきた。70代、80代の指導者が多い中で、50代の若手が政治局に入り、将来的に首相などの要職に就く可能性が出てきたことは、世代交代の進展を示す重要なシグナルである。

レ・ミン・フン氏が注目される4つの理由|経済専門性・世代交代・日越関係

レ・ミン・フン氏が注目される理由は政治局委員に選出されたこと以外に複数ある。

第一に、経済政策の専門性がある。トー・ラム書記長が掲げる年率10%以上の経済成長という野心的な目標を達成するためには、高度な経済運営能力を持つ首相が必要となる。金融・マクロ経済の専門家であるフン氏は、この要件を満たす数少ない候補者である。

第二に、世代交代の象徴としての意味である。ラム書記長は、政府機構の大胆な再編や国営企業改革など、従来の慣例にとらわれない改革を推進している。このような改革を実行するためには、既得権益にとらわれない若い世代の登用が有効である。フン氏の起用は、ラム体制の改革姿勢を内外に示すメッセージとなる。

第三に、日本との関係である。ベトナムにとって日本は、重要な投資元である。また、中国との関係が微妙な中で、日本との協力強化は戦略的に重要である。日本留学経験を持つフン氏が首相となれば、日越関係のさらなる深化が期待される。

ベトナムGDP成長率予測(2026年)

ベトナム政府目標「10%」の野心と国際機関「6%台」の現実的な着地点

各機関による2026年のベトナムGDP成長率の予測比較 (出所)各機関の公開情報を基にInfoBank作成。

ベトナム政府は、「中所得国の罠」を回避し、2045年までの高所得国入りを実現するためのシナリオとして、野心的な「GDP成長率10%」という目標を掲げている点は先程も述べた。

この「10%」という数字は、各省庁や地方政府に対して最大限の努力を促すための「政治的メッセージ」としての側面が強い。他方、国際機関や金融機関による予測は、より慎重かつ現実的な数値を示している。

  • 国際機関: 世界経済の減速や米国の関税政策の影響を懸念し、6%台前半の成長を予測している。
    • ADB(アジア開発銀行): 2025年の6.7%から減速し、2026年は6.0%と予測。
    • 世界銀行: 2026年は6.1%への減速を予測。
    • IMF(国際通貨基金): 米国の関税政策や世界的な需要減退の影響を受け、成長は減速傾向にあると分析。5.6% 〜 6.5%と予測している。
  • 民間銀行:インフラ投資やFDIの牽引力を高く評価し、国際機関よりも高い成長を見込んでいる。
    • Techcombank: インフラ投資とFDIが牽引するベースシナリオとして、7.8%という高い成長率を予測。
    • UOB銀行: 2025年の7.5%からやや減速するものの、7.0%という高水準を維持すると予測。

これらを総合してみても、2026年のベトナム経済の現実的な着地点は6.0%〜6.5%前後で推移すると推測される。世界的な経済環境の不確実性が高まる中、この数値でも十分に高い成長率であるが、政府目標とのギャップについては、インフラ投資の執行加速などの政策要因がどこまで寄与するかが焦点となるだろう。

「ASEAN第2の市場」へ:タイ経済との規模比較

ASEAN諸国のGDP成長率予測(%) (出所)KPMG ” Vietnam Economic Outlook 2026”

この所、ベトナム現地でも注目されている点が、「ベトナムはいつタイ経済を追い抜くのか」という点だ。現地メディアでは2026年にも経済規模で逆転する可能性が報じられているが、国際機関のデータを基に実際にシミュレーションしてみても、2026年時点での名目GDPの逆転には至る計算にはならない。

IMF等の見通しによる2026年の比較は以下の通りだ。

比較分析ベトナム (2026年予測)タイ (2026年予測)
名目GDP約4,760億ドル前後(IMF見通し)約6,730億ドル
GDP成長率5.6% 〜 6.5%3%前後
人口動態1億人超 (若年層多い)6,605万人(2025年)
少子高齢化が深刻

依然としてタイの経済規模の方が大きいものの、確かにその差は急速に縮小している。将来的に「ASEAN第2の市場」としての地位をベトナムが固めつつあることは間違い無いだろう。

インフレ予測:物価は安定(3%台)も賃金・電力コスト増に警戒

CPI上昇率は3.5〜4.0%の範囲内で安定推移する見通し

ASEAN諸国のGDP成長率予測(%) (出所)KPMG ” Vietnam Economic Outlook 2026”

2026年のベトナムにおけるインフレ(消費者物価指数・CPI)は、急激な高騰を避け、政府の管理可能な範囲内で推移すると見込まれる。

政府は2026年のインフレ目標を「4.5%程度以下」、あるいは計画案では約5%と設定しているが、市場の予測はこれよりもやや低い水準で安定している。

  • OECD(経済協力開発機構): 2026年のインフレ率を約3.8%と予測しており、これはベトナム中央銀行の目標レンジ(4.5〜5%)を下回る水準である。
  • ADB(アジア開発銀行): 同じく3.8%と予測している。
  • Techcombank(テクコムバンク): 3.6〜4.0%の範囲で安定的に推移すると分析している。

2025年のCPIが3.3〜3.5%程度で着地したことを踏まえると、2026年も極端な物価変動のリスクは低く、マクロ経済の安定性は保たれる見通しと言ってよいだろう。

賃金引き上げと電力料金調整がもたらすインフレ圧力

全体の数値は安定しているものの、企業活動にとってはコスト増加につながる特定の「インフレ圧力」に留意が必要である。ADBの分析によれば、世界的なエネルギー価格の安定がインフレ抑制に寄与する一方、以下2つの国内要因が上昇圧力となっている。

  1. 最低賃金の引き上げ: 1人当たりGDP 5,000ドルを目指す政府の方針に伴い、断続的な最低賃金の引き上げが実施されており、これがサービス価格や製造コストを押し上げる要因となる。
  2. 電力料金の調整: 電力需給の逼迫解消とインフラ投資原資の確保のため、電力料金の値上げ調整(コスト転嫁)が進められている。

2026年は、「数値上のインフレ率」3%台後半で安定するものの、実体経済においては人件費と電気料金の上昇という「コストプッシュ型のインフレ圧力」が企業の利益率を圧迫する可能性がある。

金利見通し:緩和維持も資金需要増で金利上昇(+0.5%)へ

ベトナムの主要な政策金利の推移(2020年1月〜2025年1月) 出所:MUFG “Vietnam: Risks to VND more balanced

経済成長を支える金融緩和基調と米国金利の影響

2026年の金融政策は、政府が掲げる高い経済成長目標を達成するため、基本的には金融緩和基調が維持される見通しである。企業の借入コストを抑制し、インフラ投資や設備投資を促進させることが狙いだ。

しかし、この緩和姿勢はアメリカの金利動向(FRBの政策)に大きく左右される構造にある。もし米国が高金利政策を長期化させた場合、日米金利差ならぬ「米越金利差」によるドン安圧力を回避するため、ベトナム国家銀行(中央銀行)は利下げに対して慎重にならざるを得ない。つまり、国内の成長欲求と対外的な為替安定のバランスを取る難しい舵取りが続くことになる。

旺盛な資金需要を背景とした預金金利の上昇予測(+50bps)

緩和基調の一方で、市中の実勢金利には上昇圧力がかかっている。テクコムバンク(Techcombank)のレポートによれば、大手商業銀行8行の平均的な6ヶ月定期預金金利は、年内に50ベーシスポイント(0.5%)程度上昇する可能性があると予測されている。

この金利上昇の主因は、経済活動の活発化に伴う「旺盛な資金需要」にあるとしている。2026年のクレジット(融資)伸び率は18.0%に達すると見込まれており、インフラ開発や企業の事業拡大意欲が銀行の貸出を加速させている。銀行側は貸出原資を確保するために預金獲得競争を行う必要があり、これが預金金利を押し上げる要因となるだろう。

為替レート展望:対ドルで2.0〜2.5%の「緩やかなドン安」進行シナリオ

USD/VND為替レート予測(関税シナリオ別)及びUSD/VNDとドル指数の相関(8週間先行) 出所:MUFG “Vietnam: Risks to VND more balanced

対米ドルで2.0〜2.5%の緩やかなドン安進行シナリオ

2026年のベトナムドン(VND)相場は、対米ドルで緩やかな減価(ドル高・ドン安)が進むと予測される。

テクコムバンク(Techcombank)等の分析によれば、2026年のVND/USDレートは前年比で2.0〜2.5%程度上昇(ドン安)する見込みだ。一時期のような急激な変動リスクは後退し、ドン安圧力は徐々に緩和される傾向にあるものの、依然として通貨安トレンド自体は継続するという見方が主流である。

為替介入の難易度上昇と輸出入企業へのインパクト

この「緩やかなドン安」の背景には、相殺し合う2つの力が働いている。一方では、貿易黒字の維持と堅調なFDI(海外直接投資)流入がドンの下支え要因として機能する。しかし他方では、米国の高金利政策の長期化や、相関性の高い中国人民元安への追随圧力が減価要因として重くのしかかる可能性がある

特に留意すべきは、中央銀行(SBV)の政策対応の限界だ。米国による「為替操作」監視リストへの懸念から、SBVによる過度な為替介入(ドル売り・ドン買い)は難しくなっているのが現状である。そのため、市場実勢に任せたある程度の減価は容認せざるを得ない。

この為替環境は、輸出企業にとっては価格競争力の向上という追い風になる反面、輸入企業にとっては原材料コストの上昇に直結するため、為替予約などのリスクヘッジが引き続き重要な経営課題となるだろう。

ベトナムM&A動向:「外資から内資へ」のトレンドと2026年の有望3分野

ベトナムM&A市場の主要指標(%)(出所)KPMG ” Vietnam Economic Outlook 2026”

「外資から内資へ」主役交代が進む市場トレンド

ベトナムのM&A市場は、質的な転換期を迎えている。現地報道やKPMGのデータによれば、開示ベースの取引総額は2022年の約62億ドルをピークに、2024年には約35億ドルまで減少傾向にある。「件数はそこそこあるものの、1件あたりの金額は縮小している」というのが現状だ。

この中で特筆すべきトレンドは、市場の主導権が「外資から内資へ」とシフトしている点である。2023年までは外国投資家が取引額の大半を占めていたが、2024年には国内投資家が逆転し、市場を主導する構図となった。財務基盤を強化したベトナム国内の大手コングロマリットや企業グループが、市場再編の担い手として台頭してきているのである。

2026年の有望領域:不動産・消費・再生可能エネルギー

2024年の実績では、金融サービス、不動産、ヘルスケアが取引額の過半を占め大型取引5件中4件がこれらの分野であった。この流れを受け、2026年にかけて特に活性化が期待されると私が考えている業界が以下の3分野だ。

  1. 不動産・都市開発:法改正の進展と、高速道路・都市鉄道・空港などのインフラ整備加速がドライバーとなる可能性が高い。住宅や商業施設だけでなく、工業団地の再編や、大型開発プロジェクトにおける持分移転(プロジェクトごとの売買)が活発化すると予測される。
  2. 消費・小売・ヘルスケア:所得水準の上昇と都市化による中間層の拡大を背景に、業界再編が進む見通し。具体的には、ドラッグストア、クリニックチェーン、食品・飲料(F&B)、教育サービス分野でのチェーン展開や統合M&Aが期待できる
  3. 再生可能エネルギー・インフラ 電力需給の逼迫解消と政府の脱炭素政策が強力な追い風となる。発電所単体だけでなく、送電網、港湾、物流施設など、長期安定収益が見込めるインフラ資産への投資拡大が見込まれる。

ベトナム2026年経済カレンダー

ベトナム経済2026年のマイルストーン

年間の主要な動きを時系列で整理し、特に影響の大きい政治イベントと消費環境の変化について独自に整理した。2026年のベトナム経済は、年初の政治イベントから始まり、年半ばのインフラ開通・法改正、そして年末の税制変更へと続くスケジュールが既に見通せる状況だ。

時期出来事とポイント
1月第14回ベトナム共産党全国代表大会(19日〜23日)ハノイで開催。国の最高指導部と今後5年間の経済方針が決定され、新体制が発足する。
1月〜3月2026-2030年 5カ年計画の始動:半導体、AI、グリーンエネルギーを優先分野とする投資優遇策が具体化される。
4月ベンルック—ロンタイン高速道路 全線開通:南部経済圏の物流網が改善。ロンタイン新空港へのアクセス路線として不可欠なインフラが開通予定。
4月〜5月第16期 第1回国会党大会の方針に基づき、新しいリーダーの承認と具体的な国家予算の配分が確定する
6月ロンタイン国際空港(第1期)商業運航開始:2025年末からの試験運用を経て、商業便の受け入れを開始する。
7月ハノイ市:ガソリンバイク流入制限の検討・実施:環境規制強化により、EV(電気自動車)シフトやインフラ投資が加速すう見通し。
法改正:デジタル技術産業法(DTI法)施行や改正投資法の規制緩和リスト適用などが実施される。
10月〜11月第16期 第2回国会:翌年(2027年)の経済計画策定およびデジタル経済化に向けた法整備が進展する。
年末付加価値税(VAT)減税措置の終了:10%から8%への引き下げ措置が終了予定。物価上昇圧力と個人消費への影響が懸念される。
南北高速鉄道 着工目標:政府の必達目標として、2026年末までの着工を目指す。

インフラ開通と市民生活・消費への影響

上記の2026年の主要な経済スケジュールを見てみると、交通インフラ関連と新たな規制導入が目立つ。 4月には、南部経済圏の大動脈となる「ベンルック—ロンタイン高速道路」が全線開通する。これにより、ホーチミン市周辺の物流渋滞が緩和されるだけでなく、6月に商業運航を開始するロンタイン国際空港へのアクセスルートが確立することにあんり、物流コストの低減が期待される。

7月には、首都ハノイ市においてガソリンバイクの都心部への流入制限が検討・実施される予定である。大気汚染対策の一環として行われる同施策であるが、市場にとっては電気自動車(EV)や電動バイクへのシフトを強制的に加速させる契機となり、インパクトは大きい。VinFastなどの地場メーカーやEV充電インフラへの投資にとっては追い風となる一方、一般市民の移動手段や購買行動には短期的な混乱が生じる可能性もある。

ベトナムVAT減税2026年まで延長決定

消費面での重要な不確実性要因の一つは、景気下支え策として実施されているVAT(付加価値税)減税の今後の運用である。現在、標準税率10%が適用される多くの財・サービスについては、時限措置として税率を8%に引き下げる2%ポイント減税が継続しており、2026年末までの延長が決定している。この措置が終了するタイミングでは、物価上昇圧力を通じて個人消費の下押し要因となる可能性がある。

もっとも、政府は景気の急激な冷え込みを避けるため、対象となる財・サービスの範囲を調整しつつ、当面は2%ポイント減税を維持する方針を示している。また、2026年に施行される改正付加価値税法により、課税対象や免税・還付制度の見直しが行われ、小規模事業者を含む企業の事務負担軽減や資金繰りの改善につながるとの見方もある。これらの税制・制度面の措置が、個人消費や企業活動を一定程度下支えすることが期待される。

ロンタイン国際空港:2026年6月開業・東南アジア新ハブの全体像

ロンタイン国際空港の完成イメージ 出所:Saigon Times “Chuẩn bị khai thác sân bay Long Thành”

ロンタイン国際空港:2026年6月開業・東南アジア新ハブの全貌

2026年のインフラ開発において最大の目玉となるのが、ベトナム南部の新たな空の玄関口「ロンタイン国際空港(Long Thanh International Airport)」の始動である。

過密状態にあるホーチミン市のタンソンニャット空港の負荷を分散し、将来的には東南アジアのハブ空港を目指すこの巨大プロジェクトは、2026年にいよいよ商業ベースでの運用段階に入る。

2026年6月の商業運航開始と第1期スペック(旅客処理能力2,500万人)

ベトナム政府およびファム・ミン・チン首相の指示により、ロンタイン国際空港は2026年6月中の商業運航開始(商業便の受け入れ)を予定している。

これに先立ち、2025年12月19日にはベトナム航空のボーイング787型機による技術飛行(最初のフライト)が実施され、事実上の「技術的開港」を迎える段取りだ。2026年上半期はこの試験運用を経て、6月から本格的な旅客・貨物サービスが提供されることになる。

第1期(フェーズ1)時点での空港スペックは以下の通りである。

  • 旅客処理能力: 年間2,500万人
  • 貨物処理能力: 年間120万トン
  • 施設構成: 滑走路1本、旅客ターミナル1棟、貨物ターミナル、管制塔など

最終的な完成時には年間1億人の旅客処理能力を目指す壮大な計画であるが、第1期の段階ですでに大規模な輸送能力を有し、ベトナム経済のボトルネックであった空のインフラ不足を大幅に解消することが期待されている。

投資・建設プロジェクトの第1期は、以下の4つのコンポーネントで構成されている。

  • コンポーネント1: 国家管理機関の本部施設(各関連機関が投資)。
  • コンポーネント2: 航空管制施設(ベトナム航空管制総公社:VATMが投資)。
  • コンポーネント3: 空港の必須施設(ACVが投資)。旅客ターミナル、第1貨物ターミナル、駐車場、エアサイド施設(滑走路、誘導路、航空照明、ILS/DMEシステム)、エプロン、航空燃料供給システム、および道路、電力、通信などの一般インフラ。
  • コンポーネント4: その他の施設(建設省が投資家選定を主導)。機体整備ハンガー、機内食調理施設、地上サービス整備エリア、速達貨物ターミナルなど。

生体認証等の「スマート空港」技術とドンナイ省物流への波及効果

ロンタイン新空港は単なる規模の拡大ではなく、国際的な5つ星基準を満たす「スマート・グリーン・エアポート」として設計されている点が特徴だ。2026年の開港時には、以下のような最先端技術が導入され、旅客体験と運営効率が劇的に変化する見通しだ。

  • 生体認証とセキュリティの自動化:従来の紙の搭乗券や物理的な身分証を不要とする生体認証システムが全面的に導入される。96台の生体認証キオスクと64台の自動手荷物預け機(Self Bag Drop)が設置され、チェックインから出国審査までを顔認証のみで通過できる仕組みが構築される。
  • 保安検査には最新の3D X線CTスキャナーが採用され、パソコンや液体物をカバンから取り出す必要がなくなるほか、ミリ波全身スキャナーにより1時間あたり240人の高速検査が可能となる。

物流ハブとしての経済効果への期待だ最も大きい。ビジネス面、特に製造業やEコマース(電子商取引)にとって重要なのが、物流ハブとしての機能である。 空港周辺のドンナイ省では、すでに物流・倉庫需要が急増している。

新空港の開通は、航空貨物を利用する電子機器メーカーや越境EC事業者にとって、リードタイムの短縮と物流コストの削減が期待される さらに、前述した「ベンルック—ロンタイン高速道路」の開通(2026年4月)とセットで機能することで、南部経済圏全体の物流効率が劇的に改善される見通しだ。

南北高速鉄道:時速350km・総額670億ドルの巨大プロジェクト概要と2026年着工

現地メディアの報道を基にInfoBank作成。

ロンタイン新空港と並び、ベトナムの物流・人流を根本から変える国家プロジェクトが「南北高速鉄道(North-South High Speed Rail)」である。

長年にわたり議論が続いてきたハノイとホーチミンを結ぶ大動脈構想は、2026年、ついに実行段階に入る。総額約670億ドル(約10兆円)に達するこの投資計画は、ベトナム経済史上最大規模のインフラ事業となる。

時速350kmで南北1,541kmを結ぶ基本スペックと資金計画

本プロジェクトの骨子は、首都ハノイ(ゴックホイ駅)から最大経済都市ホーチミン(トゥティエム駅)までの全長1,541kmを、設計最高速度350km/hの高速鉄道で結ぶものである。

具体的な計画は以下の通り整理できる。

項目詳細
全長ハノイ(ゴックホイ駅)〜 ホーチミン市(トゥティエム駅)
設計速度時速 350 km
軌道形態複線(軸重 22.5トン)
駅数28駅(旅客駅 23、貨物駅 5)
推定投資額約587億〜670億ドル
主な用途旅客輸送を主としつつ、国防や緊急時の貨物輸送にも対応
スケジュール2025年にF/S開始、2035年の全線開通を目指す
資金調達公共投資資金を活用し、段階的に実施する。
軌間・構造標準軌(1,435 mm)、複線

推定総事業費は約587億〜670億ドルという巨額が見込まれており、政府は公共投資資金を中心に段階的に資金調達を行う方針を固めている。これは、単なる移動手段の整備にとどまらず、公共投資による景気浮揚策としての側面も強い。

「2026年末着工」の必達目標と技術パートナー選定

ビジネスおよび外交的な観点から2026年に注目すべき点として、建設省および政府が絶対的に掲げる「2026年末までの着工」という目標である。

チャン・ホン・ミン建設大臣は、この目標を達成するための決定的な要因として「用地買収(土地収用)」を挙げており、法的要件が整い次第、路線範囲を地方政府へ引き渡すよう強い指示を出している。2026年は、詳細設計と並行して、この用地取得プロセスが急ピッチで進められる年見通しだ。

また、水面下で激化しているのが技術パートナーの選定だ。現在、日本、中国、欧州、韓国などが技術供与やパートナーシップの座を巡って競合している。ベトナム政府は計画財務局に対し、投資家選定基準や特別政策枠組みの策定を急がせており、2026年は入札プロセスやコンサルタント選定における最大の山場を迎えることになる。

どの国の技術・規格が採用されるかは、今後のベトナムにおける外交関係や関連ビジネス(車両製造、信号システム、メンテナンス等)の勢力図を決定づけるため、日系企業にとっても極めて重要な注視ポイントだ。

法改正の見通し:2026年の新規制緩和と税制改革の全体像

2026年に予定されている主要な法規定の改正や施行を以下の表で整理した。2026年は、ベトナムの法制度において「規制緩和」と「管理強化」が同時に進む転換点となることが伺える。2026年に施行される重要法令と、それが企業活動に与える具体的な影響を解説していきたい。

法律・決議名施行・発効時期概要・ビジネスへの影響
改正投資法(Law on Investment 2026)2026年3月1日施行。ただし「条件付ビジネス分野リスト(附属書)」と関連条文は2026年7月1日から適用。・条件付投資・ビジネス分野が237分野から38分野減少し、一部は技術基準による事後規制へ移行。
・外国建設業者、建設コスト管理、マンション管理、動物検疫サービス、美容整形、ITインフラ・地図情報など、多様な分野で「専用ライセンス」が不要または簡素化される。
デジタル技術産業法 (DTI法)2026年7月1日ベトナムで初めて人工知能(AI)の管理に特化した法律。
・初めて「デジタル資産(Digital Assets)」いう用語が明確に定義され、これには仮想資産(バーチャルアセット)、暗号資産(クリプトアセット)などが含まれる。
・AI、半導体、デジタル資産に関する包括的な枠組みを提供。特に半導体設計やAIデータセンターに対し、税制優遇や資金支援を規定。
付加価値税法改正(2025年改正VAT法 149/2025/QH15)2026年1月/7月農業関連や一部生活必需品を中心に、課税範囲・税率・還付要件を見直し、還付手続きの円滑化と小規模事業者の事務負担軽減を図る改正。
・同時に、2026年についても一部品目のVATを2%追加減税する方針が示され、中小企業のキャッシュフロー改善効果が期待される。
個人所得税法・税務行政法の改正(家計事業・個人事業者向け)2026年7月1日発効。家計事業・個人事業者の非課税売上限度額を、年間1億ドンから5億ドンに大幅引き上げ。定額(概算)課税制度を廃止し、要件を満たす場合は実収入ベースの申告・課税方式に移行。
新・企業所得税政令(Decree 320等、CIT新政令)2025年12月15日に即日施行され、2025年度の課税年度から適用外国法人の電子商取引・デジタルビジネスに対する課税範囲の明確化:電子商取引やデジタルベースのビジネスを行う外国法人が、ベトナム国内に恒久的施設(PE)を保有しているか否かに関わらず、ベトナム国内で発生した所得に対してベトナムの法人税を支払う義務があることを明確化
・外国法人による資本譲渡に対し、2%の一律課税を導入:外国法人がベトナム企業の持分を譲渡(直接または間接譲渡)する場合の課税方式が大きく変更。
新ルール: 譲渡代金(売上高)に対して一律2%を課税。
旧ルール: 譲渡益(譲渡価格 - 取得原価 - 譲渡経費)に対して20%を課税。

参入障壁の緩和(38分野削減)とデジタル産業法(DTI法)の好機

新規参入を検討する外資企業にとって最大の追い風となるのが、「改正投資法(Law on Investment 2026)」の施行である。本法は2026年3月1日に施行されるが、ビジネスへの影響が最も大きい「条件付きビジネス分野リスト」の適用は同年7月1日から開始される。

  • 条件付き分野の削減: 従来の237分野から38分野が削減され、199分野へとスリム化される。これにより、外国建設業者、マンション管理、美容整形、ITインフラなどの特定業種において、これまで必須であった「専用ライセンス」が不要または大幅に簡素化され、参入スピードが向上することが期待される。

また、先端技術分野では「デジタル技術産業法(DTI法)」が2026年7月1日に施行される。これはベトナムで初めてAI(人工知能)の管理と振興に特化した法律であり、以下の点が画期的である。

  • 「デジタル資産」の法的定義: これまでグレーゾーンであった仮想資産(バーチャルアセット)や暗号資産(クリプトアセット)が、初めて法律上で「デジタル資産」として明確に定義される。
  • 投資優遇: 半導体設計やAIデータセンターへの投資に対し、税制優遇や資金支援を行うための包括的な枠組みが提供され、テック企業にとっては法的な予見可能性が高まる。
ベトナム新投資法のポイント 出所:現地法律事務所Viet An Lawを基にInfoBase作成

税制改革:VAT・法人税・個人事業主への影響と実務対応

2026年は税制面でも大規模な改正が相次ぎ、企業の財務戦略やコンプライアンス対応に直結する変更が行われる。

  • 外国法人への課税強化(資本譲渡税の変更)
    • M&Aや事業撤退を検討する投資家が注意すべきは、外国法人がベトナム企業の持分を譲渡する際の課税ルールの変更である。
    • 新・企業所得税政令(Decree 320等)に基づき、外国法人による資本譲渡(直接・間接問わず)に対する課税方式が、従来の「譲渡益に対する20%課税」から「譲渡代金(売上高)に対する一律2%課税」へと変更される。これにより、赤字での譲渡であっても課税が発生する可能性があるため、留意したい。
  • 個人事業主の非課税枠「5倍」引き上げ
    • 2026年7月1日発効の個人所得税法・税務行政法の改正により、家計事業・個人事業主の非課税売上限度額が、現在の年間1億ドンから5億ドンへと大幅に引き上げられる
    • 同時に、従来の定額(概算)課税制度が廃止され、要件を満たす場合は実収入ベースの申告へ移行するなど、税務の透明化が進められる。
  • VAT改正と還付手続きの円滑化
    • 2026年1月および7月に施行される改正付加価値税法により、農業関連や生活必需品の課税範囲が見直されるとともに、小規模事業者のVAT還付手続きの簡素化が図られる。
    • また、2026年を通じて一部品目での2%追加減税措置が維持される方針であり、中小企業のキャッシュフロー改善を制度面から支援する形となる。

アメリカ関税がベトナム経済に与える影響

米国関税がベトナム経済に与える影響

2026年のベトナム経済において、最大のリスク要因の一つとして浮上しているのが、米国トランプ政権(第2期)による保護主義的な通商政策である。アメリカはベトナムにとって最大の輸出市場であり、ベトナムの財貨輸出の約3割前後を占めるとみられる上、米国側から見ればベトナムは対外貿易赤字額が上位に入る国の一つであるため、アメリカの政策変更はベトナム経済に非常に大きな影響を与える。

ベトナムの主要貿易相手国トップ5、ベトナムの輸出入額の推移(出所)KPMG ” Vietnam Economic Outlook 2026”

トランプ政権下の「一律20%関税」と輸出市場への打撃

2025年4月、米国政府はベトナムを含む一部の国との貿易に対し、高関税を課す方針を打ち出し、当初は40%台半ばの水準まで関税を引き上げる案が提示された。

その後の協議を経て、ベトナム政府との交渉により税率は引き下げられ、2025年8月7日にベトナムとの通商に対して一律20%の「相互関税」が正式に発動された。もっとも、この税率は同じく対象となったインドネシアやタイなどと概ね同水準である一方、一部の競合国よりはやや高いとされており、ベトナム企業にとっては価格競争力の面で不利に働く懸念は残っている。

一方で、アメリカ合衆国通商代表部(USTR)のファクトシートおよび2025年9月5日付の大統領令14346号によれば、基本税率は20%に維持されつつも、特定の製品については関税率を0%とする例外措置が設けられている(付録III)。

これにより、電子機器部品や一部の農水産物など、米国側のサプライチェーン上重要と判断された品目については、引き続き、低関税または無税での輸出が可能となっており、ベトナムとしては関税負担の影響を部分的に緩和する余地が残されている。

産業別影響分析:繊維・家具は打撃大、電子機器は転嫁可能か

関税の影響は、産業構造や利益率の違いにより濃淡が出ている。

産業分野影響度詳細分析
繊維・衣類・履物米国向け輸出が主力(輸出の40%)であるため、20%の関税上乗せは非常に大きい。2025年後半には、履物輸出が前年同期比27%減、繊維製品が20%減と急落した。Nikeなどの大手ブランドはコスト増に直面し、発注減や他国へのシフトを検討している。
家具・木工製品ベトナムの対米輸出で衣料に次ぐ主力品目の一つで、米国依存度も非常に高い。関税20〜40%は、高価格帯の家具ではまだ吸収余地があるが、中〜低価格帯の量販向け製品では「売値の2〜3割が一気にコスト増」になるため、発注の見直しや仕入先変更が起きやすい
エレクトロニクス・半導体電子機器・部品は、対米輸出額で現在最大のカテゴリー(コンピュータ・電子機器・部品で3〜4割近く)になっており、金額ベースでは最も重要なセクター。ただし、多くが多国籍企業の高度なサプライチェーンに組み込まれており、マージンも比較的厚く、関税を販売価格の一部に転嫁しやすい構造である。
プラスチック・樹脂対米輸出全体の中では中規模の分野で、電子機器や衣料に比べると重要度は劣る。生活雑貨・包装材などは価格弾力性が高く、関税増加分を価格に転嫁しづらい一方で、素材そのものは他国産との代替可能性も高いため、「受注減少リスクはあるが、業界全体が崩れるほどではない」と現地報道もある。
農産物・水産物コーヒー、胡椒、カシューナッツ、エビ・白身魚など、米国は重要な輸出先。反ダンピング・相殺関税の調査対象になりやすい分野。ただし、EU・日本・中国など他の大市場もあり、市場の多角化余地が比較的大きい。

トランシップメント(迂回輸出)への監視強化

2026年のベトナム経済において、通常の関税以上に企業経営を脅かす要因となっているのが、「トランシップメント(積み替え・迂回輸出)」への監視強化である。米国は2025年7月の発表および米・ベトナム間の関税合意において、中国製品などがベトナムを経由して関税を回避する行為に対し、40%の懲罰的関税を課す方針を示した。

中国原材料への依存リスクと「懲罰的関税40%」の壁

ベトナムの製造業、とりわけ繊維や電子機器産業は、中国や韓国からの原材料輸入に大きく依存する構造的特徴を持つ。米国の懸念は、中国製の原材料や半完成品を輸入し、ベトナム国内で軽微な加工のみを行った上で「ベトナム製」として輸出するビジネスモデルにある。こうした形態は「不適切な積み替え」と見なされる可能性が高く、その場合、通常の20%ではなく40%という厳しい税率が適用されるリスクがある。これは事実上の輸出禁止に近い措置であり、該当企業にとって死活的な影響を及ぼしかねない。

定義不明確な認定基準が招く不透明感

最大の問題は、「違法な積み替え」とする定義が依然として明確でない点にある。2025年7月2日の米国側の発表以降も、「完全に明文化された定量的基準」は示されていない。結果として、ベトナムの投資環境には不透明感が漂っているのが実情だ。実務上は、以下の要素による総合的な判断が行われているとされる。

項目内容のポイント
原産地規則(Rules of Origin)実質的な変形(Substantial Transformation)が行われているか
生産工程・付加価値の割合ベトナム国内でどの程度の付加価値が創出されたか
書類・実地調査書類の整合性だけでなく、工場現場での実態確認

こうした基準の曖昧さはリスク要因となり、新たな対外直接投資(FDI)を抑制している側面も否めない。

この「40%の壁」を回避し、対米輸出を持続的に維持するためには、企業は次の対応策を講じる必要が求められる。

  • 原産地規則の厳格な遵守と証明:単なる組み立てや梱包ではなく、製品に「実質的な変形」をもたらす工程を国内で行い、証明できる体制を整備する。
  • 部材調達の現地化(ローカライゼーション):中国産原材料への依存を減らし、ベトナム国内での調達比率を高める。

この圧力は結果として、ベトナムにおける裾野産業の発展や部材調達の現地化を加速させる契機となり得る。2026年、ベトナム製造業は「安価な加工拠点」から「自立的な生産拠点」への脱皮を引き続き、期待したい。

2026年の注目産業|半導体と再エネ市場

ベトナム、半導体エコシステム構築を加速。FDI 116億ドルの背景と今後の動向

ベトナムは「労働集約型産業の集積地」から「ハイテク・イノベーション拠点」への転換を急いでいる。 2025年11月時点の政府関係者の発表によれば、半導体セクターではこれまでに170件以上の外資プロジェクトを誘致し、FDI登録資本の総額は約116億米ドルに達した。

Intel(パッケージング)、Amkor(テスト・パッケージング)、Hana Micron といった既存プレイヤーに加え、EDA(設計ツール)やデザインハウスの進出も相次いでおり、国内には約60社のチップ設計企業8件のパッケージング・テストプロジェクト、20社以上の半導体材料および装置サプライヤーが存在するエコシステムが形成されつつある。

こうした産業構造の変化は輸出データにも表れている。エレクトロニクス関連の輸出はこの10数年で急拡大し、2020年代半ばには輸出全体の3割前後を占める最大の品目グループとなっている。 2025年単年で見ても、「コンピュータ・電子製品・部品」の輸出額は1,077億5,000万米ドルと前年比48.4%増となり、輸出増加額の半分以上を一手に担った。

一方で、繊維・衣料や履物といった労働集約型品目の輸出シェアは、かつてより低下しつつあり、米国の関税政策の影響も重なって比重は徐々に縮小している。 こうした動きを背景に、2026年のベトナムは「世界の工場」でありつつも、その中でもとりわけエレクトロニクスや半導体関連を中心とする「ハイテク工場」としての性格を一層強めていくとみられる。

ベトナム初のViettel半導体チップ工場の完成予想図 (出所)ベトナム現地メディア Lao Dong ”Viettel khởi công xây dựng nhà máy chế tạo chip bán dẫn đầu tiên tại Việt Nam”

ベトナム初の半導体ファブ、Viettelが建設着手。バリューチェーン全体へ拡張へ

2026年1月、国営通信大手Viettel(ベトテル)は、ハノイ郊外のホアラック・ハイテクパークにおいて、ベトナム初となる半導体チップ製造工場(ファブ)の建設に着手した。

本プロジェクトは政府決議に基づき国防省から課された任務として実施され、敷地面積は約27ヘクタールに及ぶ。 これまでベトナムは、半導体製品化の6段階(定義、システム設計、詳細設計、製造、パッケージング・テスト、統合テスト)のうち、製造以外の多くの工程に参加してきたが、最も複雑で重要とされる「製造(ファブ)」工程は国内に拠点が存在しなかった。

今回の工場建設により、ベトナムはウエハ製造工程にも本格的に参入し、国内で半導体バリューチェーン全体をカバーしうる体制の構築を目指すことになる。

今後のスケジュールとして、2026年から2027年末にかけて工場の建設完了と技術移転の受け入れ、およびパイロット生産(試験生産)の開始が予定されている。 その後、2030年にかけてプロセスの最適化や生産効率の向上を進め、本格稼働を視野に、航空宇宙、通信、IoT、自動車、医療機器、オートメーションなど、国家の主要産業を支えるインフラとしての役割を担う計画である。

ベトナム政府の2030年半導体ロードマップ。250億ドル市場と5万人エンジニアの養成計画

ベトナム政府は2030年までの半導体産業に関する明確な目標を掲げている。 具体的には、少なくとも100のチップ設計会社を育成し、今回着工した1つの半導体製造工場(ファブ)に加えて、約10のアセンブリ・パッケージング・テスト施設を稼働させ、半導体関連の年間売上高を250億ドル以上に引き上げる計画だ。

このハードウェア投資を支えるのが、大規模な人的資本への投資である。国家半導体戦略に基づき、2030年までに半導体分野で5万人規模のエンジニア・専門人材を育成し、2030〜2040年のフェーズでは半導体産業全体で10万人以上の人材基盤を整えることを目指している。

Viettelの工場については、2026年から2027年にかけて建設完了、技術移転の受け入れ、およびパイロット生産(試験生産)を行い、2028年から2030年にはプロセスの最終確定と最適化、ライン効率の向上を進める計画とされている。 そのうえで、長期的には、より高度なプロセスノード(微細化技術)におけるチップ製造技術の研究へと進むロードマップが描かれている。

再生可能エネルギーの開発とGX:改正PDP8と市場開放

改訂PDP8では太陽光発電の開発が大幅引き上げ

2026年1月現在、ベトナムのエネルギー政策は、2025年4月15日付の決定第768/QD-TTg号に基づき承認された「改訂国家電力開発計画(改訂PDP8)」によって、エネルギーの「脱炭素化」「安定供給」を一層鮮明にする新局面に入っている。 改訂PDP8では、2030年までの国内消費用発電所の総容量(輸出目的の開発を除く)が183,291〜236,363MWと設定された。

改定PDP8(首相決定768/QD-TTg)におけるベトナム電源開発の計画

電源2030年電力容量(MW)2030年に占める割合(%)2050年電力容量(MW)2050年に占める割合(%)
太陽光発電46,459 – 73,41625–31293,088 – 295,64635–38
水力発電33,294 – 34,66715–1840,6245
陸上および沿岸風力26,066 – 38,02914–1684,696 – 91,40011
石炭火力発電31,05513–1700
蓄電電源10,000 – 16,3005–795,983 – 96,12011–12
洋上風力6,000 – 17,0323–7113,503 – 139,09715–17
原子力発電4,000 – 6,4002–310,500 – 14,0001–2
バイオマス1,523 – 2,69914,829 – 6,9601
廃棄物発電1,441 – 2,13711,784 – 2,1370.2–0.3
その他の電源14,628 – 23,4536–13129,496 – 152,69717–18
全体183,291 – 236,363100774,503 – 838,681100

特筆すべき変化は太陽光発電である。従来のPDP8(決定500号)では、2030年までの太陽光発電の開発容量は4,100MW(自家消費用屋根置き2,600MWを含む)とされていたが、改訂版では地上設置型および屋根置き型を合わせて46,459〜73,416MWへと大幅に引き上げられた

この急拡大に伴い、系統安定化のための措置も強化されている。新たに開発される集中型太陽光発電については、設置容量の少なくとも10%に相当し、かつ2時間分の蓄電時間を確保できる蓄電システムの併設が義務付けられた。 これにより、蓄電池(BESS)の2030年までの推定容量は、決定500号で想定されていた300MWから、10,000〜16,300MWへと大幅に上方修正されている。

原子力開発を再開|2030〜2035年に最大6,400MW導入の計画

再生可能エネルギーに加え、ベースロード電源の確保に向けた動きも加速している。 風力発電については、改訂PDP8において陸上および近海風力が2030年までに26,066〜38,029MWとされており、洋上風力についても2030〜2035年の間に6,000〜17,032MWの導入を見込む計画が示されている。

また、トランジション電源としてのLNG火力については、2025年から2030年にかけてハイフォンLNG(フェーズI、1,600MW)およびヒエップフオックLNG(フェーズII、1,500MW)などのプロジェクトが計画に追加されたほか、ソンミーI・IIやニョンチャック3・4といった既存LNGプロジェクトについても、改訂PDP8の下で計画どおりの稼働が強く求められている。

さらに注目すべきは原子力の開発再開である。ニントゥアン1および2原子力発電所については、2030〜2035年の期間に稼働を開始することが想定されており、総容量は4,000〜6,400MWと計画されている。 これは、カーボンニュートラルの達成と電力需要の急増という二つの課題に対し、原子力も含め多様な電源ポートフォリオで対応しようとするベトナム政府の姿勢を示すものだと言えるだろう。

第8次国家電力開発計画(PDP8)改定による2030年電源構成目標の比較表

電源以前のPDP8(決定500号)改訂PDP8(決定768号)
風力・陸上風力: 21,880 MW
・・洋上風力: 6,000 MW
・陸上および近海風力: 26,066 – 38,029 MW
・洋上風力: 6,000 – 17,032 MW(2030~2035年の稼働を想定)
太陽光12,836 MW(既存の屋根置き型を除く)46,459 – 73,416 MW(集中型および屋根置き型を含む)
バイオマス・廃棄物・新電源・バイオマス: 1,088 MW
・廃棄物発電: 1,182 MW
・バイオマス: 1,523 – 2,699 MW
・廃棄物発電: 1,441 – 2,137 MW
・地熱およびその他新電源: 45 MW
水力29,346 MW33,294 – 34,667 MW
揚水発電2,400 MW2,400 – 6,000 MW
蓄電池(BESS)300 MW10,000 – 16,300 MW
混焼(Co-firing)2,700 MWN/A(該当なし)
原子力N/A(該当なし)4,000 – 6,400 MW
石炭火力30,127 MW31,055 MW
国内ガス火力6,900 MW10,861 – 14,930 MW
LNG火力22,400 MW22,524 MW
フレキシブル電源300 MW2,000 – 3,000 MW
輸入ラオスから5,000 MWラオスおよび中国から9,360 – 12,100 MW(ラオスから少なくとも8,000 MWの輸入を目標)
輸出N/Aシンガポール、マレーシア、その他のパートナーへ5,000 – 10,000 MW(2035年まで)

ベトナムDPPA制度の本格稼働に期待

2026年は、制度面においてもGX(グリーントランスフォーメーション)の転換点となる。 大口需要家(工場等)が再生可能エネルギー発電事業者から直接電力を購入できるDPPA(直接電力購入契約)制度について、2024〜2025年にかけて法的枠組みが整備され、2026年には実務運用が本格的に立ち上がる段階に入っていると期待されるからだ。

AppleやLEGOなど、サプライチェーン全体での脱炭素を求めるグローバル企業のニーズに応えるため、商工省は、誰がどのように登録するか、価格決定(特に仮想DPPA/CfD)の具体的なルール、系統利用料の扱いなどを定める実務ガイドラインや通達の策定を進めている。

2025年末の国会では、「エネルギー開発のボトルネック解消」に関する決議が審議・採択され、その中でDPPAの対象需要家の拡大や価格メカニズムの柔軟化など、特例措置を講じる方針が示された。 こうした枠組みを受け、2026年時点では制度インフラが概ね整備され、実際の契約スキームの組成や締結が本格的に進んでいくことが期待されている。

ベトナム経済2026年の想定されるリスク

対アメリカ通商リスク:保護主義強化とサプライチェーン再編圧力

2026年のベトナム経済を展望する上で、特に不確実性が高く警戒を要するのが米国の通商・産業政策の行方である。米国は2024年時点でベトナムにとって最大の輸出市場であり、輸出額は1,000億米ドルを大きく上回る水準に達しているため、その通商政策の変化はベトナム経済に与えるインパクトが大きい。

保護主義的な通商政策の強化や対中デカップリングの加速は、ベトナムに進出している製造業のサプライチェーン再編を事実上、強制するトリガーとなり得る。関税・非関税障壁、原産地規則の厳格化、サプライチェーンのトレーサビリティ要求などが強まれば、企業側の努力だけでは完全に回避しきれない「外部からの不確実性」として、経営課題に伸し掛ることになる。

ベトナムの対米貿易推移(2015-2025年上半期)出所: Nikkei Asia “Vietnam’s US trade surplus grows to $62bn in 1st half of 2025”

権力集中と反汚職強化による官僚の萎縮と行政手続きの遅延リスク

対米通商リスクと並行して、国内の政治・行政リスクがビジネス環境に影を落としているとの指摘も無視できない。新体制下での権力集中と大規模な行政改革は、「意思決定の迅速化」というポジティブな側面を持つ一方で、現場レベルでは既存の手続きが見直される過程で不確実性を生み、外資企業のオペレーションを一時的に停滞させる副作用を伴う可能性がある。

特に、反汚職キャンペーンの激化に伴い、地方レベルの官僚が責任追及を恐れて投資プロジェクトや許認可に関する署名・承認をためらう傾向も指摘されている。これにより、ライセンス取得やインフラ関連の承認プロセスが遅延しているとの声が企業サイドから聞かれており、今後も行政手続きの遅れがビジネス環境を不安定化させる一因となるリスクは残っている。

デジタル化・AI推進の代価:ベトナム電力需要が年率15%に迫る未来シナリオ

ベトナム政府は、第14回共産党大会以降の2026〜2030年を高成長フェーズと位置づけており、年率でおおむね10%近い実質GDP成長を目指す野心的な目標を掲げている。こうした高成長シナリオを支えるためには、同期間の電力需要も年平均で2桁成長が続くとの見方が一般的であり、一部試算では年間12〜13%程度の増加が必要とされている。

電力需要の増加要因は単なる製造業の拡大にとどまらず、ベトナム政府が強力に推進する「デジタル化」政策や、データセンターを中心とする「AI関連産業」の台頭も含まれる。これらのエネルギー集約型産業が計画通り拡大した場合、シナリオによっては電力需要の伸び率が年率15%近くに達する可能性も指摘されており、既存の電力システムには極めて大きな負荷がかかりうる状況にある。

特に懸念されるのが「北部の夏」である。サムスンやアップルのサプライヤーが集積する北部地域では、2023年深刻な電力不足と計画停電が発生し、工業団地や製造業の操業に影響が出たことは記憶に新しい。 乾季の水力発電量低下と冷房需要のピークが重なる夏に向け、需給バランスを安定的に維持できるかどうかが、北部の外資系製造業にとって最大の焦点となる。

「電力不足は決して許されない」首相指令

こうした危機感を背景に、政府の動きはかつてないほど強まっている。チン首相は2026年1月18日付の指令第01/CT-TTgにおいて、2026年を「第14回共産党大会決議および新たな社会経済開発計画の初年度」と位置づけ、電力の安定供給を国家運営の最優先事項とする方針を明確に打ち出した。

首相はこの指令の中で、「十分な電力供給を確保し、電力不足を起こしてはならない」と強調し、各省庁およびEVN(ベトナム電力公社)、PVN(ペトロベトナム)など主要国有エネルギーグループに対し、2026〜2030年を通じた電力供給能力の確保と主要プロジェクトの加速に関する責任を負わせる形だ。

(出所)現地報道The Investor “Vietnam Electricity increases average retail price by 4.8%”

ベトナムDPPA(直接電力購買契約)の現状と課題:法整備は進んでも企業参加ハードルは高い

現地に進出する外資系企業は、本社から厳しい脱炭素目標(Scope 2削減など)の達成を求められるケースが増えている一方、その実行手段は依然として限られているのが実情である。 特に再生可能エネルギーの調達に関しては、制度設計と現場運用の間になおギャップが残っている。

企業の関心が高い「直接電力購買契約(DPPA)」については、2024年のパイロット政令や2025年の政令57/2025により法整備が進み、仕組み自体は整いつつある。 しかし、対象となる需要家の規模要件、料金・コスト構造、契約スキーム、系統接続などの観点で実務運用は依然として複雑であり、多くの企業にとって参加ハードルが高い状況は続いている。

加えて、自社工場の屋根に太陽光パネルを設置する場合でも、一定規模以上の案件では消防・防火設計の承認や建設許可などの手続きが求められ、これが導入スケジュールやコストの面で障壁となるケースが少なくない。 また、構造安全性や屋根面積の制約から、屋根に設置できる容量には物理的な限界があり、Scope 2削減ニーズをすべて賄うには不十分な場合も多い

最低賃金7.2%引き上げの影響:最低賃金・平均月収・総報酬のデータから読む

ベトナム経済の成長に伴い、かつての「安価な労働力」という優位性は構造的な転換点を迎えている。所得向上によって消費市場としての魅力が増す一方で、生産拠点としてのコスト競争力は、特に労働集約型産業において厳しさを増している。

2026年1月1日より、ベトナムの地域別最低賃金は政府の新政令により平均約7.2%引き上げられた。これは2024年7月の最低賃金改定に続く措置であり、繊維・縫製、靴製造、電子部品組立といった労働集約型産業では、賃金だけでなく社会保険・健康保険などの付帯コストも含めて利益率を直接的に圧迫する要因になっている。

統計上、ベトナムの平均月収は近年おおむね年8〜10%程度のペースで増加しており、2025年には約830万ドンに達したとのデータがある。

大手人事コンサルティング会社Talentnet Corporationによれば、工場労働者の実際の総報酬水準は、ボーナスなどを含めると年間3,300〜4,100ドル程度に達しており、月額換算ではおおよそ770万〜840万ドンのレンジとなる。

依然として、タイやマレーシアと比べれば、平均的な製造業賃金は概ね2〜5割程度低いとされ、インフラ整備状況やサプライチェーン集積を加味すればコスト競争力は一定程度維持されている。 しかし、「圧倒的な低コスト」を前提としたビジネスモデルをそのまま維持することは難しくなっており、2026年時点では生産性向上や付加価値の引き上げを前提にした事業設計への転換が求められている。

ベトナム2026年地域別最低賃金(案):月額最低賃金は4地域に分けて規定 (出所)ベトナム法律図書館(Thư viện pháp luật)”Mức lương tối thiểu vùng 2026, Mức lương cơ sở 2026 và một số lưu ý quan trọng”

人材獲得競争と高度人材の賃金高騰・採用難

最低賃金の上昇以上に企業経営を悩ませているのが、外資系企業の進出拡大に伴う人材獲得競争である。特に電子機器産業の集積が進む北部エリアでは、中国・韓国・台湾などの企業を含む大規模FDIプロジェクトが集中し、工場ワーカーからエンジニア、管理職層に至るまで採用難が一段と深刻化している。

成長分野における賃金インフレも顕著である。各種調査では、全産業ベースの平均昇給率はおおむね7%前後と見込まれる一方で、IT・AI・デジタル関連、ハイテク製造といった分野では、専門スキルや経験を持つコア人材について年10〜20%の昇給や、市場平均に対して30〜40%のプレミアムが支払われるケースも報告されている。

こうした高度人材の賃金上昇は、2026年の最低賃金引き上げ率(約7.2%)を上回るペースで進んでいるとの指摘も多く、特に日系企業は欧米および中韓企業との間で激しい人材争奪戦を強いられている。

その結果、かつてのように「日系ブランド」だけで優秀な人材を十分に惹きつけることは難しくなりつつあり、報酬水準・評価制度・キャリアパスなどを含めた総合的な雇用価値提案の強化が不可欠となっている。多くの日系企業では、現行の賃金テーブルや昇給カーブを前提とした運用を見直し、市場水準や競合他社のオファーを踏まえた報酬戦略の再設計に迫られるだろう。

ベトナム経済2026年の3シナリオ

ベトナム経済2026年の見通し:強気・基本・弱気の3シナリオ (出所)InfoBase作成

ベトナム経済には長年にわたって関わってきた身として、2026年の見通しは単純な楽観でも悲観でもなく、複数の変数が絡み合う複雑な状況だと捉えている。米関税やチャイナ・プラスワンの動向、インフラ整備の進捗、さらには政治・行政の動きが同時に経済の行方を規定するため、3つのシナリオとして整理した。

強気シナリオ:ハイテクFDIとインフラ整備が7%超の高成長を実現

本シナリオでは、2026年の実質経済成長率が7〜7.5%程度に達する姿を想定する。足元のIMFによる予測(4%程度)とは乖離があるが、市場コンセンサスの上振れとして位置づけられる。

この高成長を実現する主な要因としては、外部環境における「チャイナ・プラスワン」の潮流が一段と強まることにある。具体的には、米国との通商関係において一定の摩擦を抱えつつも、ベトナム経済の主力であるエレクトロニクスやハイテク関連製品に対する大幅な追加関税が回避されるという方向性を前提とする。

この条件下では、対米輸出は伸びを維持し、韓国・台湾・欧米企業からのハイテクFDI(海外直接投資)が、特に北部および中部地域の経済発展を後押しする。

国内要因としては、インフラ開発の進捗が成長の鍵を握る。ロンタイン国際空港主要高速道路といった大型インフラプロジェクトが、大きな遅延なく進捗することが求められる。

但し、これまでベトナムでは公共インフラ整備の遅れは何度も観測されてきた点に留意したい。

基本シナリオ:実質成長率6〜6.5%の堅調な推移

本シナリオでは、2026年の実質成長率が6〜6.5%程度で推移する姿を想定する。この水準は、世界銀行などの国際機関や民間エコノミストが描く「中位」の見通しに近く、現在の予測レンジ(概ね4〜6%台)のやや上側に位置づけられる。

外部環境は必ずしも追い風ばかりではない。対米関税の引き上げ通商摩擦の長期化が、繊維・家具といった労働集約型の輸出産業に一定の打撃を与える可能性がある。一方で、エレクトロニクスや機械分野については、「チャイナ・プラスワン」を背景としたサプライチェーン再編の流れが維持される見込みだ。その結果、輸出全体の伸びは鈍化が避けられないものの、プラス成長を確保する展開となる。

内需においては、中間層の拡大とインフラ投資が経済の下支えとなり、輸出の減速分をある程度相殺する構図が描かれる。外需の不確実性を内需の底堅さが補う形となり、経済全体としては安定した成長軌道を維持する。

弱気シナリオ:米関税の拡大とインフラ遅延が成長率を4%程度に押し込む

本シナリオでは、対外ショックと国内の構造的課題が同時期に表面化することで、2026年の実質成長率が5%前後、あるいはそれを下回る4%程度まで落ち込む姿を想定する。この水準は、IMFが示す2026年の下方リスクシナリオと整合的なシナリオでもある。

最大のリスク要因は、米国による貿易赤字問題への対応が一段と厳格化することである。為替政策や貿易構造を理由として、ベトナム製品に対する関税が広範な品目で引き上げられた場合、その影響は繊維・家具といった労働集約型産業のみならず、一部のエレクトロニクス産業にも及ぶ可能性がある。

これにより、ベトナム経済を支えてきた輸出主導の成長モデルに大きなブレーキがかかり得る。さらに、世界的な金利高やリスクオフの動きが重なれば、資本流入が細り、通貨安と輸入物価上昇を通じてインフレ圧力が強まるという悪循環も懸念される。

国内要因としては、政治・行政面での停滞が経済活動を阻害するリスクがある。党大会後の人事調整や汚職摘発の強化が長期化し、中央および地方政府での意思決定が停滞すれば、公共投資の執行率が低下する。結果として、インフラ計画の遅延が景気の下押し要因となり、経済全体の効率性を損なう恐れがある。

【まとめ】なぜ2026年がベトナム経済にとって特別な年なのか

これまで10年以上、ベトナム経済の変遷を定点観測してきた私の目には、2026年という年は、単なる「次の5カ年計画の始まり」以上の、極めて重要な意味を持つ分岐点として映る。

今回、ベトナム経済2026年について、私が特に着目しているのは以下の3点だ。

①「安いベトナム」からの脱却と民間育成

トー・ラム体制下で2025年5月に採択された政治局「決議68号」は、これまでの安価な労働力や国営企業主導に依存した成長モデルから、民間セクターを「国家経済の最も重要な原動力」の一つと位置付ける転換を明確にした文書である。

韓国の財閥(チェボル)を参照したとされる大規模民間コングロマリットの育成、いわゆる「ナショナル・チャンピオン」戦略へと舵を切ったことは、ベトナム経済史における大きな転換点と評価できるだろう。

2026年は、こうした民間主導戦略がスローガンにとどまらず、規制改革や資本市場整備を通じて高付加価値化への具体的な道筋をどこまで描けるかが問われる正念場となる。


②GDP成長率の予測乖離:政府目標「10%」の政治的メッセージ

政府が国際機関の慎重な予測を上回る10%目標にこだわる背景には、人口ボーナス期の終盤と今後の急速な高齢化を見据え、「中所得国の罠」を回避しつつ2045年までに高所得国入りを果たすという長期目標がある。

この時間制約の下では高い投資率と生産性向上を両立させる必要があり、平均成長率も従来より相当高い水準を維持しなければならないと多くの識者が指摘している。したがって、10%という数字は厳密な成長予測というより、将来世代の負担を軽減するために必要と見なされる「政策目標値」として設定された側面が強いと言える。

現実的な着地点としては、国際機関や民間エコノミストの多くが指摘するように、チャイナ・プラスワンの追い風と内需拡大を背景とした6〜7%前後の成長に落ち着く可能性が高い

ただし、「未達」であっても、この高い目標設定自体が、ロンタイン新空港や南北高速鉄道を含む大型インフラ投資、さらには制度改革の加速に対する「政治的エンジン」として機能する余地は大きい。

高成長目標が掲げられているからこそ、中央政府は公共投資の前倒しや規制緩和を強く求め、地方政府や官僚の事なかれ主義に対しても一種の「プレッシャー」として作用していると見られる。


③インフラの「計画」から「稼働」へ:国家の動脈が動き出す年

2026年は、長年「計画」や「議論」の段界にあった巨大交通インフラが、「稼働」および「着工」という実行フェーズへ移行する節目の一年となる見通しである。

最大のハイライトは、2026年6月から商業運航を開始する予定のロンタイン国際空港である。第1期だけで年間約2,500万人の旅客処理能力を持つこの「東南アジアの新ハブ」は、建設が進むベンルック—ロンタイン高速道路と接続され、2026年中の全線開通が実现すれば、南部経済圏の物流効率を大きく改善すると期待される。

さらに、総額約670億ドル、全長約1,540km、設計速度350km/hの南北高速鉄道についても、政府は2026年末までの着工開始を目標に掲げており、この大動脈の建設が本格的に始まれば、ベトナムが「低コストな生産地」から、高度な物流網を備えた近代国家へと移行するプロセスが一段と加速することになる。

まとめ:2026年のベトナムは「実行力」を問う分岐点

総じて、ベトナム経済は2026年にかけて6%前後の成長を維持し得るだけの底力を備えているものの、その果実を実際に刈り取れるかどうかは、インフラ整備と制度改革の実行力にかかっている。

10年以上にわたって、ベトナム経済・ビジネスを現場から見てきた経験から、悲観よりも「もったいない成長取りこぼし」を懸念している。とりわけ、行政のリスク回避志向プロジェクト執行の遅れが、中長期目標(2030年上位中所得国化など)達成の最大のリスクと感じている。

一方で、若い人口構造やデジタル分野への高い吸収力、ハイテクFDIの集積といった強みは依然として揺るがないと信じている。2026年はこれらの潜在力を「絵に描いた餅」で終わらせるのか、それとも制度とインフラにつなげて次の飛躍への起点とできるのかを占う、真の分岐点となろう。

2026年のベトナム経済を評価する際には、単年の成長率の高低よりも、公共投資の執行状況エネルギー転換の進捗ビジネス環境改革の質とスピードといった中長期の土台作りがどこまで進展するかに注目したい。

ベトナム経済2026年|参考文献リスト

1. 経済見通し・マクロ経済

2. 政治・法制度・税制

3. 通商・国際関係

4. インフラ(空港・鉄道・エネルギー)

5. 先端産業(半導体)

6. 不動産・労働市場