ベトナム市場の課題は「成長性の検討」から「管理・経営」へ
製造業を起点にベトナムへの進出を加速させてきた日本企業は、今や小売・飲食・ITサービスへと業種の裾野を広げ、進出企業数は2023年時点で3,249社に達した。新規進出のかたちも変化している。
単独での会社設立にとどまらず、現地企業への資本参加や合弁設立、既存企業のM&Aを通じた関与が増え、「点」ではなく「面」でベトナムビジネスに根を張ろうとする動きが広がっている。
しかし、それは同時に、新たな課題の入口でもある。子会社・出資先の経営に直接関与する局面が増えるにつれ、ガバナンスの不備、コンプライアンス違反、合弁パートナーとのトラブルといった問題が表面化しやすくなっているのだ。「進出するかどうか」ではなく、「現地をいかに管理・経営するか」——日本企業が直面する問いは、より深層へと移っている。
ベトナム法務の最前線で日本企業の相談を数多く受けてきたベトホ法律事務所のブイ・ホン・ズオン代表弁護士に、現地の実態と処方箋を聞いた。

―ベトナムへの日本企業の進出状況について、全体的なトレンドをどのように見ていますか?
(ズオン弁護士):ベトナムへの日本企業の進出は、コロナ禍での一時的な落ち込みを経ながらも、着実に拡大を続けています。2023年時点でベトナムに進出している日系企業数は3,249社に達しており、2019年の2,799社から約16%増加しました。
投資国別の構成比を見ると、日本は全外資企業の16%を占め、韓国(27%)に次ぐ第2位に位置しています。製造業を中心に、小売、飲食、ITサービスなど業種も多様化しており、「ベトナムに行く理由を探す時代」から「ベトナムでいかに根付くかを考える時代」へと、確実に変わってきています。

―M&Aという形での進出も増えていると聞きます。ベトナムの位置づけはどう変化していますか?
(ズオン弁護士):日本とASEAN主要国間のM&Aの推移を見ると、ベトナムはシンガポールに次ぐ第2位を一貫して維持しており、2021年の22件から2022年には28件にまで増加しました。その後も20件台の水準を保っており、2025年は23件を記録しています。

さらに、2025年における日本と世界各地域間のM&A件数を見ると、ベトナムは23件で、米国(221件)、シンガポール(43件)、英国(41件)、インド(35件)、オーストラリア(33件)、韓国(32件)に次ぐ7位に入っています。アジア新興国の中では最も多く、タイ(21件)や台湾(18件)を上回っています。

単純な新規進出だけでなく、資本参加や合弁設立、そして既存企業のM&Aという形でベトナムに関与する日本企業が増えています。これは何を意味するかというと、「進出する」フェーズから「現地をいかに管理・経営するか」というフェーズに日本企業全体が移行しているということです。
ベトナム現地の子会社や出資先の経営に直接関与する局面が増えた結果、ガバナンスやコンプライアンスの問題が表面化しやすくなっている——私どもへの相談が多様化している背景には、まさにこの構造的な変化があると感じています。
―最近、日本企業からの法律相談にはどのような傾向がありますか?
(ズオン弁護士):コロナ前は「これからベトナムに進出します」という案件が圧倒的に多かったのですが、直近の2〜3年は、すでに進出されている既存の企業様からのご相談が増えています。
内容も多様で、債権回収、合弁会社内のトラブル、不正行為・コンプライアンス違反への対応、そして労務関係——従業員との解雇トラブルや、解雇後に訴訟を起こされるケースなども対応しています。
ベトナムにおける在留邦人および日系企業進出状況
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 在留邦人 | 17,410人(2024年10月1日現在) |
| 出所 | 外務省「海外在留邦人数調査統計」 |
| 日系企業進出状況 | 2,094社(商工会議所会員数) |
| 内訳(北部ベトナム) | ベトナム日本商工会議所(ハノイ・ハイフォン・北部ベトナム):817社(2025年7月1日時点) |
| 内訳(南部ベトナム) | ホーチミン日本商工会議所:1,077社(2025年7月1日時点) |
| 内訳(中部ベトナム) | ダナン日本商工会議所:200社(2025年7月1日時点) |
ベトナム子会社で頻発する不正とガバナンス不全——その構造的な原因
―「不正行為」とは具体的にどのようなものでしょうか?
(ズオン弁護士)大きく三つに分けています。一つ目は贈収賄です。サプライヤーからキックバックをもらうケースが最も多く、契約時に5〜10%程度のキックバックを支払う慣行がベトナムには残っているケースが多々あります。二つ目は利益相反で、会社に在籍しながらサプライヤーの役員も兼任するようなケースです。三つ目は不誠実行為——報告内容と実態を意図的に乖離させたり、情報を改ざんしたりするものです。
秘密情報の流出も見られます。以前対応した案件では、ある日系企業で10年間働いた製造責任者のベトナム人スタッフが退職後に独立し、まったく同じ製品を製造して前職の取引先に営業をかけるという事例がありました。ベトナムではまだ「秘密情報」という概念の認識が十分に浸透していないため、自分が習得した技術や図面は自分のものだという意識が生まれやすい。そこにリスクがあります。

―パートナー企業との間でのトラブルはなぜ起きるのでしょうか。未然に防ぐことはできますか?
(ズオン弁護士):根本にあるのは、日本とベトナムの経営判断の習慣の違いです。日本企業はリスクをコントロールしながら長期的に判断する一方、ベトナム企業は目の前の機会を逃したくないので早く動く。この違いが特に合弁内での意思決定の対立を生むことがしばしばです。
また、ベトナム側のパートナー企業では、コーポレートガバナンスの意識がまだ高くないケースがあります。小規模から成長してきた会社では、そもそもガバナンスとは何かを理解していない経営者もいる。そこに日本式のガバナンス制度を一気に導入しようとしても、なかなか馴染まない。
防ぐためには、コントロールすること自体は正しいのですが、コントロールする範囲を適切に設定することが重要です。すべてをコントロールするのではなく、任せる部分は任せる。そして任せた後には事後チェックをしっかりする。そういった仕組みをベトナムの実情に合わせて柔軟に設計する必要があります。
―ベトナム子会社でガバナンス問題が起きやすい背景には何があるのでしょうか?
(ズオン弁護士):主に三つの原因があると考えています。
一つ目は、子会社が設立当初からガバナンス機能を備えていないこと。親会社はベトナム子会社を「事業目的を達成するための拠点」として作ることが多く、会社管理の機能が後回しになりがちです。
二つ目は、日本からのリモートコントロール体制です。日本人を派遣できず、日本から指示・決裁する体制をとる企業は少なくありません。ただ、そうなると日本の法律・やり方とベトナムの法律・慣習のギャップが生じやすく、ベトナム側は「日本の指示に従っているだけ」という受け身の姿勢になり、ベトナム法への意識が薄れていきます。
三つ目は、内部統制が機能していないこと。客観的な視点での監査が行われておらず、チェック機能が整備されていない。信頼して任せきりにしているうちに問題が蓄積しているケースが多いです。

ベトナムで厳格化するコンプライアンス環境
―最近のベトナムの法改正やコンプライアンス環境に変化はありますか?
(ズオン弁護士):大きく変わっています。2025年以降、ベトナム政府は民間企業の成長を後押ししながら、同時にコンプライアンスを重視する文化の浸透を強力に推進しています。
緩和された面では、優遇税制や各種優遇措置が拡充されています。一方、厳格化された面では、脱税チェックの事後審査制度が導入され、事業参入の審査より運営中のコンプライアンスが厳しく見られるようになっています。
「お金があれば違反を賄賂で解決できる」という時代はもう終わりつつあります。実態のある適法な事業でなければ、罰則・場合によっては刑事事件として対処されます。
外資企業にとっては、入口(参入規制)は緩和されたが、継続運営のハードルは上がっているというのが現状です。

―日本企業のコンプライアンス意識はどう評価されますか?
(ズオン弁護士):日本企業はもともとコンプライアンス意識が非常に高いと感じています。例えば2023年に施行されたベトナムの人権保護法に対し、他国企業がまだ対応できていない中、日本企業は最も迅速にアクションした、という政府関係者のコメントもあります。大手・中小を問わず、意識の高さは際立っています。
ただ、問題はベトナム法律の理解がスタッフ個人に委ねられてしまう点にあります。ベトナムの法律を深く理解するにはベトナム人スタッフに依存せざるを得ない。意識が高くても、その意識がベトナム人スタッフにどこまで伝わっているかが問われます。
委譲と監視のバランスを設計せよ——監査役活用と内部統制の実践
―では、ベトナム人マネージャーへの権限委譲は有効な対策になりますか?
(ズオン弁護士):有効ですが、委譲と監視のバランスが不可欠です。日本人だけで管理するのはやはり限界がある。ただ、信頼しているからといって全権を任せきりにするのも危険です。
「優秀だから全部任せる」という体制は不正のリスクを高めます。日本人の目が届かない部分で、自分に有利なように動く可能性はゼロとは言えない——どんなに良好な関係であっても。任せつつ、必ずチェックする仕組みを持つことが重要です。

―具体的な内部統制の手段として、何を推奨しますか?
(ズオン弁護士)監査役の設置です。ベトナムの有限会社では法律上の義務はありませんが、ぜひ任意で置くことをお勧めしています。日本の親会社から見ると距離があり、現地の実態を把握しにくい。そこに、ベトナムの慣習や組織事情を熟知した監査役を置き、年に1回程度、現状を客観的に検査して親会社に報告する体制をつくることが、大きなリスク回避になります。
現状、監査役を置いていない企業は非常に多いです。コストがかかること、誰を選ぶかわからないこと、そして子会社側にとっては「監査がない方が動きやすい」という事情もある。親会社が積極的に動かない限り、なかなか整備が進まないのが実態です。
「法律と経済のバランス」を——ベトホが提供する伴走型ベトナム法務支援
―弁護士法人ベトホとしては、どのようなサービスを提供しているのでしょうか?
(ズオン弁護士)業務は大きく三つに分けられます。最も多いのが、契約周りのアドバイスや体制整備のご相談で、全体の約半分を占めています。次に多いのが紛争解決・訴訟対応で、債権回収、裁判手続きの代行、場合によっては刑事事件への対応まで含め、全体の約3割。残りが会社設立や行政手続きなど、新規進出支援の案件です。
紛争解決のノウハウを持つ弁護士事務所だからこそ、「どんなトラブルが起きやすいか」を熟知したうえで、事前の体制整備や契約設計についてアドバイスできる。それが私たちの強みだと考えています。

―弁護士として、また経営者として大切にしていることは何ですか?
(ズオン弁護士)「法律と経済のバランスを取ること」です。法律を遵守することは大前提ですが、経営判断においては、例えば違反した場合の罰金と事業展開で得られる利益を比較したとき、リスクを取って進む選択が合理的なケースもある。私はそういう「材料」を経営者に提供する役割だと思っています。
「法律上こうだからこうしなければならない」という硬直した姿勢ではなく、グレーゾーンにはグレーゾーンのリスクを明示したうえで、全体像をお見せするというスタンスを重視しています。
ベトナムでは新規事業ほど法律が整備されていないケースが多く、その曖昧さの中でも前に進む必要がある場面は多い。そういった現場の現実に寄り添ったアドバイスができることが、私たちの存在意義だと思っています。

―最後に、ベトナムに進出している日本企業の経営者へメッセージをお願いします。
(ズオン弁護士):ベトナムは本当に魅力的な国です。2025年以降の経済成長にも大きな期待を持っています。ベトナム人は勤勉で優秀で、これまでの歴史がそれを証明してきた。その強みを活かして、ぜひベトナムでの成功を目指してほしい。
ただ、その魅力ばかりを見て、ガバナンスやコンプライアンスの整備を後回しにしてしまうと、成功につながらないケースが多いのも現実です。
大切なのは、子会社を「親会社の一部」として扱いすぎないことです。独立した法人として機能できるよう、適切な権限委譲を行う。一方で、何でも親会社が承認する体制ではなく、問題が起きたときに迅速に監査・対処できる仕組みを持つ。このバランスこそが、ベトナムで継続的に事業を成功させるための基盤になると考えています。
専門家プロフィール

弁護士法人ベトホ (BETOHO LAWFIRM)
ブイ・ホン・ズオン
代表弁護士
ハノイオフィス:Hanoi Office: 5F, No .421 – 425 Hoang Quoc Viet Street, Co Nhue 1 Ward, Bac Tu Liem District, Hanoi City, Vietnam.
- ウェブサイト:https://betoho.vn/jp/
- メール: Admin@betoho.vn
- 電話番号:+84 (0)94 401 8978
