日系製造業が集積するベトナム南部で、日本語人材の採用基準が変化している。日本語力を第一に据えてきた企業が、実務経験と管理能力、仕事への姿勢を重く見るようになった。語学力という分かりやすい物差しの比重が下がり、何を基準に人を選び、どう育てるかという問いが企業側で強くなっている。
ホーチミンを拠点に日系企業向けの人材紹介を手がけるベトセイコー有限会社、代表取締役のファム・フー・ダオ氏に、採用の現場で起きている変化と、給与や職場慣習をめぐるベトナム人側の本音を聞いた。

ベトセイコー有限会社
ファム・フー・ダオ
代表取締役
ベトセイコー有限会社はホーチミン市(南部)およびフート省(北部)に拠点を置く人材紹介・送り出し機関を展開。
日系企業向けの国内人材紹介、技能実習生・エンジニア・特定技能の日本送り出し、ロジスティクス、投資・貿易促進を手がける。東京・広島にも駐在事務所を置く。
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住所:93/10 Quang Trung, Khu pho 1, Phuong Tang Nhon Phu, TP. Ho Chi Minh(旧9区)
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既存拠点の拡大が押し上げる日本語人材の需要
同社は南部を中心に中部・北部にも顧客を持ち、その約9割が日系企業だ。扱う求人は製造業の管理職と技術職が中心で、物流、通訳翻訳、経理が続く。新規進出が今年も続く一方、依頼の多くを占めるのは、設立から数年を経た拠点の増員である。求められるのは通訳ではなく、生産を回し組織を動かす人材だ。
日本語ができる候補者を企業が歓迎する状況に変わりはない。ただし「言葉さえできれば」という採用ではなくなった。ダオ氏によれば、同社の顧客の大半は日本語を重視すると口にするが、面接で実際に確かめているのは別の要素だという。

日本語ができても採用を見送る、態度と管理能力の重み
時間と責任を守れるか―面接で問われる仕事への姿勢
面接で問われるのは、専門スキルと、管理や計画を担った経験の有無だ。日本語が堪能でも、責任感やルール遵守に不安があれば正社員採用に至らないことがある。「時間を守るか、結果への責任を引き受けるか」(ダオ氏)という姿勢は語学力と別に評価され、語学と実務経験を備えた候補者と、語学は劣るが実績のある候補者が並んだ場合、後者を選ぶ企業が目立つ。
同社の仕事は、企業側から職位・業務内容・給与といった条件を細かく受け取り、それに沿って候補者を絞り込むところから始まる。条件の中で日本語レベルが絶対条件として指定されるケースと、歓迎条件にとどまるケースの線引きは企業ごとに異なるが、後者の比重が高まっているのが同社の見立てである。
外部採用より内部昇格を選ぶ10年超の工場
採用基準の変化は、組織のつくり方とも結びつく。従業員100人規模で操業10年を超える工場では、部長級が退職しても外部から日本語人材を採るより、部下を昇格させる企業が多い。経験を積んで長く働いた人材が職人からリーダーへ上がる経路が定着しており、管理職の現地化は、外部からの採用より内部昇格を主な手段として進んでいる。
役職の重みも日本とは異なる。ベトナムの「部長」は社内序列で5〜6番目程度に位置し、その上に副社長、社長、会長が並ぶ。日本の本部長級を想定して「部長経験者」を求めると、候補者の経験値を見誤る。肩書きではなく、何人を管理しどの範囲の計画を担ったかで測る必要がある。

安定の日系、給与の中国系 人材が天秤にかける条件
ワーカーから部長級まで共通する日系と中国系の給与差
ベトナム人の側から見た日系企業の課題は、第一に給与水準である。中国系企業と比べた場合、日系の給与は控えめで、その差はワーカーから部長級まで共通しているという。求職者は「日系は安定しているが給与は低め、中国系は給与が高いが雇用の安定性に不安がある」という比較の中で選択しており、安定を取るか給与を取るかで判断が分かれる。
それでも日系企業を選ぶ動機は複数ある。技術やノウハウを学べること、日本で働いた経験を帰国後に活かせること、日本語学科を卒業した学生が日本へ渡らず現地の日系企業で就職するケース、実家に近い工業団地で働けること、親戚や友人の紹介などだ。日本語を活かして働きながら給与を上げていきたいという期待も、入社を後押ししている。
日本流をそのまま持ち込むと敬遠される職場の慣習
もう一つの課題は職場文化である。日本の文化ややり方をそのまま社内に適用すると、現地社員から敬遠される。社内イベントや食事の持ち方、時間管理の厳格さなどが挙がった。日本的な規律は評価されている一方で、ベトナムの習慣を社内に残してほしいという要望は根強い。管理職の現地化を進めるなら、職場の慣習も現地に合わせて調整する必要がある。
日本語学習者の減少を前提にした組織づくりへ
日本語人材の供給は、構造的に限られる。英語は大学生・高校生に広く普及し、近年は仕事を目的に中国語を学ぶ人が目につくという。将来、中国企業と仕事をしたいという動機が背景にある。日本語学科の卒業生は現地日系企業の採用市場に流れるが、その母数が大きく増える見通しは立っていない。
日本語人材の確保を前提に組織を運営してきた企業は、内部昇格と実務能力を軸にした組織づくりへ重心を移す局面にある。そのとき、給与水準の見直しと職場慣習の現地化を、どこまで同時に進めるのか。日本語力という分かりやすい物差しを手放した先で、何を基準に人を選び育てるのかが問われている。
※本記事は、ベトセイコー有限会社(Công ty TNHH VIETSEIKO)代表取締役のファム・フー・ダオ氏に2026年10月、オンラインで取材した内容に基づいて構成した。

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長
三浦 賢弥
KENYA MIURA
山形県山形市出身。筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。
ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。
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