急拡大するベトナム文房具市場で、中高生の認知度8割を誇るコクヨ「キャンパスノート」。日本仕様が通用しない市場で、いかにしてローカルの心をつかんだのか。その戦略と舞台裏に迫る。

拡大するベトナム文房具市場

一人あたりGDP5,000ドル突破、消費市場としてのベトナム

近年、年率6〜8%という高い成長率を維持し続けるベトナム経済。その勢いを背景に、大手企業を含む日本企業の進出が相次いでいる。これまでベトナムは「安価な製造拠点」という性格が色濃かったが、所得水準の急速な向上を受け、近年は消費市場としての評価が高くなっている。象徴的なのが、2025年にベトナムが一人あたりGDP5,000ドルを史上初めて突破したという事実だ。

ベトナムの一人当たりの名目GDPの推移(1990~2026年)

日本ブランドが直面するベトナムでの認知度の壁

こうした潮流を受け、消費財関連の日本企業も大手を中心に進出を加速させている。だが、日本国内では確固たるブランド力を誇る企業であっても、ベトナム市場ではその知名度がそのまま通用するとは限らない。国内では誰もが知る存在であっても、ベトナムでは事実上ゼロからのブランド構築を迫られる――そんなケースは決して珍しくないのが実情だ。

教育人口が支えるベトナムの筆記用具・文房具市場

数あるセクターの中でも、とりわけ高い成長性を示しているのが筆記用具・文房具市場である。背景にあるのは若年層の厚みだ。2024年時点で初等・中等・高等教育の在籍者数は2,400万人を超え、教育セクターの拡大がノート・ペン・ファイルなど文具需要の裾野を広げている。

なかでもホーチミン市とハノイ市は、学校網の密度、オフィス集積、近代小売の浸透という三拍子が揃い、学生からオフィスワーカーまで幅広い層がペン・紙・クリップ・ファイル・テープ・ホチキスといった製品の需要を支えている。

ホーチミン市内の近代的な文房具店の店内。ノートやペン、ファイルに加え電卓まで幅広く揃い、都市部を中心にこうした近代小売店が急増している。(出所)ANEW PLAZA

これに加え、都市化の進展、中間層の拡大、可処分所得の増加、そしてECプラットフォームの普及によるアクセス改善も追い風となっている。結果として市場では、デザイン性や書き心地、耐久性、詰め替え対応といった付加価値を求める消費行動が顕著になりつつある。

市場調査プラットフォームVietdataの推計によれば、ベトナムの文房具市場規模は2022年時点で約1億9,535万ドル。2023〜2029年の年平均成長率(CAGR)は約8.37%と見込まれ、2029年には3億1,641万ドル規模へ拡大する見通しだ。

ベトナム文房具市場規模の推移予測

50年の歴史を誇るコクヨの「キャンパスブランド」

コクヨ株式会社(以下、コクヨ)が展開する「キャンパスブランド」は、1975年の発売以来、日本の学習・事務用ノート市場を牽引し続けてきたロングセラーブランドだ。学生から社会人まで、世代を超えて愛用されてきた実績を持つ。そして2025年、発売50周年を機に、キャンパスは単なる「ノートブランド」から、中高生の学習環境を総合的にサポートする「まなびかたブランド」へと進化を遂げている。

しかし、日本市場では絶対的な存在感を誇るコクヨも、ベトナム市場では一筋縄ではいかなかった。今でこそ現地の学生にとって最も身近なノートの一つに数えられる「キャンパスノート」だが、その地位を築くまでにはどのような道のりがあったのか。そして、日本の成功体験がそのまま通用しない市場ならではの難しさ、さらには「ノートブランド」から「まなびかたブランド」への進化はベトナム市場でどのように展開されていくのか。

コクヨベトナムトレーディング(KOKUYO VIETNAM TRADING CO., LTD、以下、コクヨベトナム)のGeneral Director井口優彦氏に、InfoBank編集部が取材を通じて詳しい話を伺った。

お話を伺った方

コクヨベトナムトレーディング(KOKUYO VIETNAM TRADING CO., LTD)General Director井口 優彦氏

現地生産から全国展開へ——コクヨのベトナム戦略

輸出加工拠点から始まったコクヨのベトナム進出

――まず、コクヨがベトナム市場に着目した経緯と、ベトナムならではの成長要因を教えてください。

(井口氏)

原点をたどれば2005年に遡ります。日本向けに輸出するファイル製品の工場を、ハイフォン市の野村ハイフォン工業団地に建設したのが始まりでした。現地法人「コクヨベトナム」を設立し、日本向けの生産拠点としてファイルやラベル製品の製造を開始したのです。

ところが、日本国内はペーパーレス化景気後退により、ファイル製品の受注が伸び悩み、広大な工場用地と多様な製品を生産できる体制を持ちながら、日本市場だけを相手にしていては成長の余地は限られる――そう実感したのです。

そこで着目したのが、ベトナム経済の成長ポテンシャルと、学生人口の多さ、そして教育熱心な家庭が多いという土壌でした。日本からノート製本機を持ち込み、現地でキャンパスノートを生産できる体制を整えたことが、大きな転換点となりました。現地の学生向けに生産を開始したのが2009年のことです。

ハイフォン市にあるコクヨベトナムの工場外観と製造ライン。2005年の進出当初は日本向けファイル製品の製造・輸出のみを行っていた。(出所)コクヨ株式会社による提供

現在、キャンパスノートは首都ハノイ市やホーチミン市などの都市部はもちろんのこと、ラオス国境に近いソンラ省や、観光地として知られるダラット市といった郊外でも展開しており、街中の書店や文房具店でキャンパスノートがごく自然に店頭に並んでいる光景を目にすることができます。現在ではキャンパスブランドの認知度は都市部では8割前後に達しています。

ただし、ベトナム工場は輸出加工企業(EPE)のため、国内に流通させるには輸入代理店を通じて輸出手続きを経る必要がありました。そこで2011年、現在私が所属するコクヨベトナムトレーディングが設立され、現地の流通業と直接取引できる体制になり、本格的な国内展開への転機となったのです。

都市部の近代的なブックストアでのキャンパスノートの陳列棚。店内では、冬季限定デザインのキャンパスノートが目立つ場所に陳列され、定番商品として浸透している(出所)コクヨ株式会社による提供

全国流通網を築いたキャンパスノートの15年

――販売会社の設立から、すでに長い年月が経っていますね。

(井口氏)

国内向け販売会社の設立から、まもなく15年を迎えます。当時中高生だった世代が、今や30歳前後にさしかかり、結婚や出産を経て第二世代へと移りつつある段階です。そうなれば、「自分が学生時代に使っていたキャンパスノートを、わが子にも」という新たな需要が自然と生まれてくる。そこは今後の展開として楽しみにしているところです。

地方都市の伝統小売店に積まれたキャンパスノート。学校前の小さな店にも幅広く流通している。(出所)コクヨ株式会社による提供

ベトナム市場に適応したコクヨの筆記用具の商品設計

「見開きのしやすさ」が生んだ差別化

――現地のノートとの差別化ポイントはどこにあったのでしょうか。現地からのフィードバックもお聞きできますか。

(井口氏)

最大の差別化ポイントは製本方法にあります。ベトナムでは従来、糸綴じやホッチキス(ステープラー)で綴じたノートが主流でした。この方式では、中央付近のページ以外は閉じてしまいやすく、しっかりと折り目をつけなければ使いにくいという弱点があります。

一方、キャンパスノートは無線綴じを採用しており、どのページでも平らに開きやすいことが強みです。

当時、無線綴じノートの生産工場はベトナムに存在しませんでした。これは日本国内でも当社が圧倒的なシェアを誇る技術であり、ベトナムでは極めて珍しいものだったのです。加えて、高価格帯ラインには日本から輸入した高品質な紙を使用するなど、紙質へのこだわりも差別化要素となりました。「見開きのしやすさ」と「書き心地の良さ」という差別化こそが、先行者優位としてのブランド認知を築く大きな原動力となりました。

カフェのような空間に並ぶキャンパスノートの新ラインナップ。グリッド柄やシンプルな配色で現地の好みを意識した製品づくりがうかがえる。(出所)Campus Vietnam公式Facebookアカウント

キャンパスブランド製品ラインナップとコアターゲット層

――主力商品やターゲット層についても教えてください。

(井口氏)

メイン商品はキャンパスノートですが、事業としては「まなびかた」のブランドとして文具全般を展開しています。昨年からゲルインクボールペンの発売も開始し、ハサミ、修正テープ、消しゴムなども手がけています。

ターゲット層に関しては、キャンパスノートは日本とほぼ同様、中学生・高校生がメインです。小学生向けや大学生・社会人向けの製品も展開していますが、コアターゲットは日本・ベトナムともに中高生という点で変わりません。ベトナムは若年層の人口が多く、教育熱も高いことから、この層に早い段階で支持を得られたことが、普及拡大の大きな要因といえます。

通学する小学生たち。ベトナムは1億人規模の人口構造の中で若年層が厚く、学生数の多さが文具需要を支えている。(出所)Tap Chi Doanh Nghiep & Tiep Thi

南北で異なる罫線——ベトナム市場特有の壁

――ベトナムでビジネスを展開するうえで、現地ならではの市場特性として印象に残っていることはありますか。

(井口氏)

色々ありますが、サプライヤーとして頭を悩ませてきたのが、南北でノートの仕様が異なる問題です。実はベトナムでは、北部と南部でノートのサイズや罫線のデザインが大きく異なります。

北部は日本と同じ7ミリ幅の横罫で、サイズはB5。これは北部の教育システムが旧ソビエト連邦の影響を受けていたためといわれています。

ベトナム北部で展開されるキャンパスノート。日本と同じ7ミリ幅の横罫・B5サイズが採用されている。(出所)コクヨ株式会社による提供

一方、南部はフランス統治時代の教育システムの名残が今も色濃く残っており、サイズはA5(A4の半分)がメインで、独特の細かい罫線が用いられています。10ミリ角の太い実線に2ミリ間隔の細かい補助線を4本配置するという、非常に精緻なデザインです。

これはベトナム全国で展開する上ではハードルとなりました。当社が製造するノートはすべてベトナム向けにローカライズされており、日本の仕様をそのまま持ち込んだ製品はほぼ存在しません。

ベトナム南部で展開されるキャンパスノート。細かい方眼罫とA5サイズが特徴で、フランス統治時代の教育制度の名残がうかがえる。(出所)コクヨ株式会社による提供

伝統小売を起点としたベトナム市場開拓

伝統小売が支えるベトナム市場と今後のチャネル変化

――日本で圧倒的なブランド力を誇る企業であっても、ベトナムの消費財市場は伝統小売(GT)の比率が高く、浸透には地道な営業活動が不可欠だったのではないでしょうか。

(井口氏)

その通りです。ベトナム市場においてこれまで大切にしてきたのは、いかに伝統小売(General Trade:GT)と向き合い、関係を築いていくかという草の根の活動でした。高所得層のみならず、当初からボリュームゾーンである一般大衆層取り込みを志向した点が、現在の高い認知度につながっていると考えています。

――伝統小売における認知度向上には、相当な先行投資が必要だったのではないでしょうか。

例えば、学校に対し製品サンプリングやヒヤリングを実施したり、卸先や地域を代表する小売店との関係構築を地道に積み重ねてきました。卸との信頼関係の構築が販路拡大の鍵を握ります。

ただ近年は近代小売(Modern Trade:MT)やEコマースのチャネルへの移行が進んでおり、サプライヤーと組織小売業との関係構築強化が重要になってきています。

近代小売(Modern Trade:MT)との取り組みによるキャンパスコーナー導入事例(出所)コクヨ株式会社による提供

日本にはないベトナム発の文具アイテム

ーーベトナム特有の文房具文化や、日本にはないアイテムがあればご紹介いただけますか。

(井口氏)

当社が「ローカル文房具」と呼んでいる商品があります。いずれも日本には存在しない一方、当社がすでに製品化し、一定のシェアを獲得しているものです。

一つ目は、試験の解答用紙(テストペーパー)です。日本では学校側から配布されるのが一般的ですが、ベトナムでは問題用紙こそ配布されるものの、解答用紙は生徒が各自、文房具店で購入するという習慣があります。氏名欄や罫線が印刷された、原稿用紙のような形態が特徴です。

二つ目は「名前シール」です。日本ではノートに直接「学年・組」を記入しますが、ベトナムではシール(ステッカー)を貼付するスタイルが定着しています。ノートを学校に提出する習慣があるため、この名前シールが必須アイテムとなっています。

三つ目は、ノートを保護する「ビニールカバー」です。日本のブックカバーに近い役割を果たす製品で、店頭ではノートの脇に多数陳列されています。これも日本にはあまり見られない文房具の一つです。こうした商品は、現地市場に実際に足を運び、聞き取りを重ねなければ把握できない領域だといえます。

ベトナム特有の文房具の代表例。サイズ別に展開されるノート保護用のビニールカバーと、生徒が個別購入する試験の解答用紙。(出所)コクヨ株式会社による提供

ベトナム文具市場の未来とコクヨが描く成長戦略

ベトナム文具市場の将来性

ーー少子高齢化が進むなかで、ベトナムの文具市場の今後についてはどのようにお見立てでしょうか。

(井口氏)

ベトナムでも来年頃に人口がピークを迎え、その後は少子高齢化へと転じていくといわれています。都市部では未婚化や核家族化の傾向も確かに見られます。ただし、文具市場としては、まだ成長の余地があると見ています。ASEAN全体で見ても、ティエンロン (Thien Long)やホンハ(Hong Ha)といったローカルメーカーが多数存在するベトナムは、域内でも有数の規模を誇る文具市場です。

着目すべきはノートの使用量です。ベトナムの学生は年間25冊程度のノートを消費します。日本では現在では6~8冊程度にとどまっている状況と比較すると、依然としてかなり高い水準にあるといえます。学校では今も紙への手書きが主流です。

日本・ベトナムにおけるノート年間消費量の比較

モノからコトへ——コクヨが目指すブランド戦略

――手書きには記憶の定着や集中力向上の効果があるとも言われます。デジタル化が進む一方で、「手書き回帰」のような潮流もあり得るのではないでしょうか。文具メーカーとして、そうした価値を発信する取り組みはありますか。

(井口氏)

日本では、常に文具の新たな価値の創造に取り組んでいます。現在、日本・ベトナム双方で進めているのが、キャンパスブランドを単なる「モノ」のブランドから、「学びを支援するブランド」へと昇華させる取り組みです。

その中核を担うのが「まなびレシピ」というコンテンツです。料理のレシピになぞらえ、数学の学習に役立つ文具の組み合わせ、集中力を高めるためのアイテム選び、モチベーションを維持するための使い方など、文房具の活用法と勉強のコツをセットで提案しています。

商品ラインナップが日本とは異なるため、ベトナムで実際に販売している製品に即した、ベトナム独自の「まなびレシピ」を制作・展開しています。

グローバルでの事業拡大を見据えるなかで、こうした「まなびかた(ラーニングメソッド)を提案するブランド」として進化させていくこと――それが容易ではないとはいえ、当社が目指す方向性です。

コクヨが展開する「まなびレシピ」。整理整頓・記憶定着・モチベーション維持の3テーマで文具の活用法と勉強のコツを提案する。(出所)コクヨ株式会社による提供

ベトナムにおける生活様式の変化と今後の文具需要

――経済発展が著しいベトナムでは市場の環境も速いスピードで変化していきます。例えば、地下鉄(メトロ)などの公共交通機関が発展すれば、通勤・通学スタイルの変化に伴い、私たちが想像していないようなノートの使われ方が生まれるかもしれません。

(井口氏)

現状、ベトナムには日本のような電車通学・通勤の文化は根付いておらず、移動手段の基本はバイクが中心です。そのため、かばんはリュックタイプが主流を占めています。

徒歩での移動が少ないため、分厚く大きく重いノートでも問題なく持ち運ばれており、日本のような薄型・軽量タイプではなく、相当な厚みのバインダーを持参する学生も珍しくありません。

仮に今後、公共交通機関の利用が一般化していけば、日本仕様のような携帯性の高い文房具への需要が高まっていくと予想されます。

手をつないで登校する子どもたち。バイク移動が中心のベトナムではかばんはリュックタイプが主流。(出所)Mrvui

今後の方針として、キャンパスブランドはASEAN全域を中心としたグローバル市場への展開進めています。ただし、これまでお話ししてきた通り、ノートという商品は教育制度と密接に結びついているため、ボールペンやハサミのように世界共通の仕様で一律展開することはできません。

だからこそ差別化の軸として位置づけているのが、「モノのブランド」から「まなびを支援するブランド」への進化であり、グローバルなブランドとして成長していくためにも、地道なローカライズの積み重ねが不可欠だと考えています。

2024年から3年連続で開催されているコクヨ文具のポップアップショップ。ノートやボールペン、ファイル、トートバッグなどが並んだ。(出所)コクヨ株式会社による提供

まとめ——ベトナム市場の今後とコクヨによるティエンロン社の買収

こうしたコクヨによる市場開拓と同時並行的に、コクヨは新たな大きな一手を打ち出した。コクヨは2025年12月、ベトナム文具大手のThien Long Group(ティエンロングループ、TLG)を計276億円で買収すると発表した。

ティエンロングループは1981年にボールペン製造事業からスタートし、現在ではベトナムの筆記具市場で高いシェアを持つほか、ASEAN域内にも独自の販売網を築いている企業だ。コクヨの文房具事業部では2027年までに海外売上比率を現状の約34%から40%以上へ引き上げる目標を掲げており、今回のM&Aを通じて東南アジア市場の開拓を加速させる構えだ。

1981年にボールペン製造から創業したティエンロングループの店頭展示。ペンを中心にベトナム筆記具市場で高いシェアを持つ。(出所)VietStock

井口氏が語ってきたように、ローカライズの積み重ねによって築き上げてきたコクヨのベトナム市場での足場は、今や単独の販売拠点としてだけでなく、現地最大手とのM&Aという形でさらなる飛躍を遂げようとしている。ベトナムの文房具市場におけるコクヨの今後の戦略には、引き続き注目が集まりそうだ。

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長

三浦 賢弥

KENYA MIURA

筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。

ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。