経済成長と消費の成熟を背景に、ベトナムではブランドの「見せ方」を重視する動きが広がっている。日系企業の現地展開をデザイン面から支援するvina nide Co., Ltd.(株式会社ニードのベトナム拠点)の飯島理代表取締役に、現地で高まるクリエイティブ需要の現状と、進出企業がデザインに向き合う際の視点を聞いた。

Creative Director / Art Director / Designer
nide Inc. 代表取締役
昭和女子大学 環境デザイン学科 アートディレクター論 常勤講師
飯島 理
Osamu Iijima
nide Inc.代表取締役。昭和女子大学環境デザイン学科でアートディレクター論の常勤講師も務める。
1978年神奈川県生まれ。グラフィックデザインやブランディング、インタラクティブなど幅広い領域のデザインを軸に、アパレルやクラフトビールのプロデュースも手がける。若い世代への教育と、企業のアウター・インナー両面からのブランド構築支援を継続している。
デザインは「ついで」から「投資」へ 現地に変化の兆し
飯島氏がホーチミンに通い始めた当初は、販促物の製造を請け負う際にデザインを製造に付随する作業として扱い、それ自体に大きな価値が置かれていないと感じる話を聞くことがあったという。街を歩いても、大手チェーンを除けばブランディングを意識した店舗は多くなかった。
その印象はこの数年で変わりつつある。飯島氏が注目する事例の1つに、ホーチミンで店舗を増やすベトナムで生まれたクラフトビールブランド「Rooster Beers」がある。昔ながらの店構えに見えて、どの店舗でも同じ体験になるよう内装からグラフィックまで意図的に設計されている。「ローカルらしさを残しながら統一感を出している。デザインの知見があれば、明確な意図が読み取れる」と飯島氏は話す。こうした例が目につくようになったのは「ここ1〜2年」で、ブランドを自らコントロールするローカル企業の出現が、デザイン需要の変化を裏付けている。

デザイン戦略を事業計画に組み込む経営者たち
ベトナム発ブランドを世界へ送り出すRiceの役割
Rooster Beersの統一感がどこから来ているのかを調べる中で飯島氏が行き当たったのが、ホーチミンを拠点とするブランディング集団Rice Studios(現BaseSGN)だ。2011年の設立で、スタッフの多くはベトナム人。Rooster Beersのほか、チョコレートブランドMarouやPizza 4P’sといったベトナム発ブランドを手がけ、国際的なデザイン賞での受賞歴を持つ。
ローカルブランドの見せ方の変化を支えているのはこうした専門集団であり、日本のブランドも現地での見せ方をその手に委ねている。ベトナムでデザインを投資と見る土壌がすでにあることの表れだ。

基礎力の高い若手デザイナーと都市部の消費者
需要を支えているのは、作り手と発注側の双方の変化だ。大学でデザインを学んだ若手が現地のデザイン会社で働き始めており、飯島氏は「クライアントワークはこれからでも、基礎力は日本の同世代と比べて遜色ない」と見ている。発注側でも、都市部の若い経営者を中心に、デザインが商品やサービスの価値を高め、それが事業の成果にもつながると理解している人がいる。
飯島氏の見立てでは、ブランドやデザインを投資と捉え、事業計画にデザイン戦略を組み込む経営者は感覚的に日本より多い。こうした経営者が今後数年で育っていけば、ベトナム国内のクリエイティブ市場で競争力のあるプレーヤーになると考えられる。
バイクで走りながら一瞬で伝わるか ベトナムの視覚感覚
デザインへの投資が進む一方で、ベトナムの消費者が「しっくりくる」と感じる表現は、日本のそれとは異なる。飯島氏はその違いを好みではなく、環境の産物として説明する。
看板文化を再解釈したフォントが示す機能性
飯島氏が参考にしている事例の一つが、ベトナムの古い街の看板をもとに現代的に再解釈したフォントだ。手がけたデザイナーは、太いコンデンス体(文字幅の狭い書体)のみで構成し、街路標識や公共空間など狭いスペースに多くの情報を詰め込む場面での使用を想定したと説明している。見た目の新しさより機能を優先し、自国の環境を理解した上で今の形に変えている点を、飯島氏は高く評価する。

太く、大きく、原色が多いというベトナムの看板の特徴は、バイク移動の環境と切り離せない。ブランドや店舗との接触点は屋外にあり、走りながら一瞬で認知される必要がある。夜間にLEDで縁取られた看板が目立つのも同じ理由だ。対照的に日本は電車移動が中心で、駅や車内の広告は歩きながら眺められ、高速道路の看板も10〜20秒は視界に入り続ける。
接触時間の長さの違いが、表現の違いを生んでいる。日本の表現が好まれないというより、その環境の中で違和感なく受け取られるかどうかが分かれ目になる、というのが飯島氏の整理だ。
高級感の表現と贈答文化で日本の感覚がずれる場面
日本で高級感を表現するとき、細く小さな文字を余白の中に置く手法がよく使われる。飯島氏が高価格帯の商材でこの表現を提案したところ、現地スタッフからは「物足りない」という反応が返ってきた。日差しの強い環境では淡い色や細い文字は白く飛んで周囲と同化するため、高級であるほど「堂々としている」べきで、太い文字と大きなサイズが求められる。同じ方向性にしたいなら、背景を黒にするなど太陽光に負けない強さを足す必要があるという。

贈答の場面では入れ物の重みがさらに増す。中秋節の月餅のように、中身が同じでも箱で価格が大きく変わる商品はその典型で、相手に渡すときには礼儀として見栄を張るべきだという感覚が背景にある。シンプルな意匠より重厚な箱に金文字といった表現が求められ、そのぶんのコストを価格に乗せても、高いものを選ぶこと自体が安心につながるという。

マーケティング先行の日系企業に求められる視点
現地の需要と感覚が変わる中で、日系企業はデザインにどう向き合っているのか。飯島氏の目に映るのは、マーケティングを先に置く構造と、「日本らしさ」への期待の二つだ。
マーケティング戦略と見た目が結びつかない構図
飯島氏の見る限り、日系企業ではマーケティングを先に置き、そのために見た目が必要になるという順番で考えることが多い。マーケティングチームは現地市場を知るローカルスタッフで組織され、その中でデザインを兼務するスタッフがSNS用の画像や店頭のPOPを作る形になりやすい。
(AIなどを活用して)きれいな絵はできても、マーケティング戦略と十分に結びついていない場合がある。「戦略があるなら、それに合致して機能する見た目が必要になる」と飯島氏は指摘する。
背景には駐在する経営層の考え方もある。一定の役職を経て赴任する人は自社の製品やサービスのプロフェッショナルで、「良いものを作れば売れる」という考えが先に立ちやすく、デザインは後からつけるコストという位置づけになる。同じ文脈の中ではそれで成立してきたが、一歩外に出ると「自分たちの良さを伝える作業」が追加で必要になり、そこで初めてマーケティングやブランディングが課題として浮上する。

「日本らしさ」と「日本産」はベトナムで武器になるか
日本からの依頼では「日本らしさ」を加えてほしいという要望を受けることがある。海外向けに日本をアピールする制作物で国旗の追加を求められたときには、日本語の表記が十分に入っている中で国旗を足しても選ばれる理由にはなりにくいと飯島氏は感じたという。
小売向けのパッケージでは産地を伝えたいという要望もある。日本から食材を輸出する企業の案件では産地の地名や地図、「日本品質」の強調を求められたが、ベトナムの消費者は日本の地方の名前をほとんど知らない。スーパーの冷凍棚ではノルウェー産のサーモンや地元の冷凍魚介、肉類と並んで選ばれなければならず、「それなら『焼くだけで夕食の一品になる』のように、生活者にどんな価値を与えるかを語った方がいい」という議論になった。
「日本産=安心安全」のイメージは信頼の資産だが、中国産や欧米産にも安心安全を打ち出すブランドがあり、消費者はもっと多くの要素を見て商品を選ぶ。飯島氏が対比として挙げるのは、ベトナムで強い韓国の化粧品ブランドだ。パッケージに国旗を載せる例はほとんど見当たらず、製品そのものの価値で売ろうとしている。「日本ブランドへの信頼が厚いぶん、『日本産』と書けば伝わると考えてしまいやすい」と飯島氏は話す。
考える主体は現地に、判断はディレクションで
では、日系企業はどう進めればよいのか。飯島氏が最も重視するのは、ローカルの考え方を一番に置くことだ。欧米の起業家が日本で飲食店を開くときに、自国のマーケティング手法をそのまま持ち込んでも勝てないのと同じで、ベトナムで売るためにはベトナムの人が考え、提案するべきだという。「誰が作ったのかを見たときに外国人の感覚だと分かると、それだけで距離ができてしまう」。
一方で、デザイナーの基礎力は上がっているものの業界全体の層はまだ厚くなく、提案の良し悪しをロジカルに判断するディレクションが欠かせない。「これはこういう理由で機能しない」と説明しながら育てていくのが、現在のvina nideにおける飯島氏の役割だ。競合はローカル企業だけではなく、同じようにベトナム市場に入ってくる他国のブランドでもある。「その厳しさと面白さが同時にある」と話す。
デザインを投資と捉え直すことから始まる現地化
ベトナムでデザインを投資と見る土壌は、若い経営者層、専門集団によって厚みを増している。一方で日系企業は、マーケティングを先に置いて見た目を後からつける構造や、「日本らしさ」「日本産」への期待から、現地の感覚とずれが生じやすいこともある
日系企業への示唆は三つに整理できるだろう。マーケティング戦略と見た目を結びつけて機能させること。考える主体を現地に置きながら、良し悪しを判断する基準を自社の側で持つこと。そして「日本産」の先にある、生活者にとっての価値を語ること。自社の「見せ方」が現地でどう受け取られているのかを問い直すことが、現地化の出発点になる。

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長
三浦 賢弥
KENYA MIURA
山形県山形市出身。筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。
ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。
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