ベトナム南部のメコンデルタは、コメ・果物・水産物の一大産地として知られ、ベトナムの農林水産業がGDP・輸出額全体に占める割合はおよそ2割にのぼるとされる中、その主要な生産拠点の一つを担う地域だ。
しかし豊かな農水産資源を抱えながらも、農産物輸送の多くが道路輸送に依存しているとされ、集荷から保管、加工、輸出に至る各段階にボトルネックが残るなど、品質やブランド価値を国際市場で十分に発揮しきれていないという課題も指摘されてきた。この状況に商機を見出したのが、日本の物流大手・川西倉庫だ。
川西倉庫は2025年、メコンデルタ近郊で冷凍倉庫を運営するベトナム企業TOAN PHAT LOGISTICS JOINT STOCK COMPANY(TPL社)を子会社化し、隣接する放射線照射滅菌事業者との連携によって、付加価値の高い物流サービスの提供に乗り出した。この記事では、川西倉庫のベトナムにおけるコールドチェーン戦略について、同社への取材をもとに解説する。

メコンデルタが抱える物流の課題とは
農水産物の一大産地に残る非効率
メコンデルタはベトナムを代表する農水産物の産地であり、国内コメ生産量の半分以上を担う。ベトナム全体で見ると、農林水産業はGDPの約12%、輸出額の15%以上を占める基幹産業であり、南部に広がるメコンデルタ地域だけで域内総生産(GRDP)はGDPの1割台に達する。
国土面積に占める割合や人口規模を踏まえれば、単一の地域としては極めて大きな存在感であり、コメ・果物・水産物という主力輸出品目を支える中核地域といえる。
一方で、この地域の物流基盤には構造的な弱さも指摘されてきた。農産物輸送は道路輸送への依存度が高く、これが物流コストの上昇や輸送時間の長期化を招く一因とされる。加工・低温保管・放射線照射滅菌といった高付加価値処理をワンストップで提供できる企業が限られている点も、大きなボトルネックだ。
放射線照射滅菌には輸入国側検疫当局の認可が欠かせず、ベトナム国内でこの認可を得ている企業は、後述するTPI社を含めてわずか3社にとどまる。この参入障壁の高さが、メコンデルタ産品の輸出拡大を制約してきたともいえる。

加速するインフラ整備計画
こうした課題を映すように、行政側でもインフラ整備が着実に前進しつつある。南部メコンデルタとホーチミン市を結ぶ高速道路網はこれまで未完成で、農作物輸送に時間とコストがかかる要因とされてきたが、現在は複数のプロジェクトが同時に動き出している。
- ベンルック~ロンタイン高速道路(全長約58キロ):タイニン省ベンルックからドンナイ市ロンタインを結び、メコンデルタ地域からロンタイン国際空港およびカイメップ・チーバイ港へのアクセスを改善する路線。一部区間はすでに開通済みで、全線完成は2026年内を見込む
- ヴォー・ヴァン・キエット通り延伸(総延長14.6キロ):国道1号線から旧ロンアン省ドゥックホア地区に至る区間で、ホーチミン市と旧ロンアン省を接続。2026年の着工を見込む
- ホーチミン市環状3号線(全長約76キロ):タイニン省(旧ロンアン省)~ホーチミン市北部(旧ビンズオン省)~ドンナイ市間を、市中心部を経由せず結ぶ。2026年内の完成を見込む
- ホーチミン~ロンタイン~ザウザイ高速道路の拡幅:2015年に全線開通済みだが、現行4車線を区間ごとに拡幅する工事が進行中で、2026年内の完成を見込む
ロンタイン国際空港とカイメップ・チーバイ港(深水港)を核とした広域物流ネットワークの構築に向け、越境・空港・港湾・工業団地・都市開発区へのアクセス改善を目的としたインフラ整備が、まさに今動き出しているところだ。

川西倉庫、ベトナム冷凍倉庫事業に参入
子会社化の経緯と狙い
こうしたメコンデルタの潜在力と、進みつつあるインフラ整備に着目したのが川西倉庫だった。同社は2025年4月15日、ベトナムのTOAN PHAT LOGISTICS JOINT STOCK COMPANY(TPL社)の子会社化を決定し、同年9月に取得を完了させている。TPL社の株主2名が保有する発行済株式の51.0%にあたる255万株を譲り受ける形で連結子会社化し、これによりベトナムでの倉庫事業に本格参入するとともに、国際物流事業のさらなる拡大を図る考えだ。
なお、出資には他2社も参加しており、川西倉庫が過半となる51%を握る形で経営の主導権を持つ体制となっている。単なる資本参加にとどまらず、放射線照射滅菌を手がけるTPI社(Toan Phat Irradiation)とも資本面でつながることで、日本の物流ノウハウと現地の滅菌技術を組み合わせ、ベトナムのコールドチェーン基盤を支える座組みが組まれたことになる。

TPL社の基本情報とアクセスの強み
TPL社は2020年10月27日の設立で、資本金は500億ベトナムドン(1ベトナムドン=0.006円換算で約3億円)。ホーチミン市と、同社が主に扱う農水産物の産地であるメコンデルタとの中間に位置するフー・アン・タイン工業団地(タイニン省ベンルック)内に立地し、メコンデルタで収穫された産品などの貯蔵拠点として重要な役割を担ってきた。今回の取材でも、川西倉庫はTPL社がホーチミン市中心部へ1時間でアクセスできる立地の利便性を強みの一つに挙げていた。
冷凍倉庫の設備スペックと稼働体制
3段階の温度帯管理と付加サービス
TPL社の倉庫施設は2023年に着工・稼働を開始した。敷地面積は10,000平方メートル、建物1棟の延床面積は約5,462平方メートルで、水産物・農産物・急速冷凍のそれぞれの区画を備える。収容能力は11,000パレット・最大11,000トンで、保管温度帯はチルド(5~10℃)、冷凍(マイナス20℃前後)、急速冷凍(マイナス30~35℃前後)の3段階に対応する。スタッフは管理部門を含め40名規模だ。
付帯サービスとしては、梱包、スタンピング、包装変更、仕分け、PEフィルム包装など複数の付加サービスを備え、短期・中期・長期と柔軟に選べるレンタルプランや、イスラム市場向け輸出に有利なハラール認証の取得も強みの一つとなっている。
Toan Phat冷凍倉庫会社概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | Toan Phat Logistics Joint Stock Company |
| 資本金 | VND 50 Billion |
| 設立年月日 | 2020年10月 |
| 出資日 | 2025年9月 |
| 株主構成(出資後) | 川西倉庫株式会社 51% MLGベトナム 39% TPI 10% |
| 代表者 | 片岡 利英 |
| 事業内容 | 冷凍倉庫業 |
| 所在地 | Block A24-2, Ngang 1 Street, Phu An Thanh Industrial Park, An Thanh, Ben Luc, Tay Ninh Vietnam |
| 倉庫概要 | 棟数:1棟 延床面積:5,462㎡ 着工:2023年 温度帯:▲20度(急速冷凍区画は▲30度) スタッフ数:40名(管理スタッフ含む) 区画:水産品向け区画/農産品向け区画/急速冷凍区画 |
日系企業への展開と今後の方針
今回のインタビューでは、稼働体制の柔軟性についても話を伺った。他のローカル冷凍倉庫と比べると規模はコンパクトだが、テト(旧正月)など特別な期間を除いて365日24時間稼働しており、急速冷凍作業を含めたフレキシブルな対応力が特徴の一つになっているという。
顧客はこれまで現地企業が中心だったが、川西倉庫グループ入りを機に日系企業の開拓にも力を入れる方針で、ベトナムで買い付け・加工した商品を米国などへ輸出する日系企業からの引き合いも、すでに出てきているようだ。今後は輸出貨物に加えて輸入貨物の集荷にも力を入れる考えで、増床やチルド帯対応の強化は今後の検討課題としつつ、まずは現状の冷凍倉庫を安定して稼働させることを優先する方針だという。
川西倉庫がTPL社を傘下に収めた狙いについて、同社は国際物流事業の拡大を挙げている。日本国内で培ってきた低温物流・品質管理のノウハウは、現在進行形でTPL社の現場運営にも取り入れられており、なかでも衛生管理面へのこだわりを強化している段階にあるという。
冷凍倉庫と滅菌施設が生む一体物流
3方式の照射技術と輸出国基準対応
TPL社の強みをさらに際立たせているのが、隣接地に立地する放射線照射滅菌事業者TPI社(Toan Phat Irradiation)との連携だ。TPI社はTPGグループの中核事業として2017年のグループ設立時から展開されており、農水産物輸出企業のコスト負担軽減と、照射分野における技術的優位性の確立を目指してスタートした事業である。

TPI社の技術的な特徴は、コバルト60(ガンマ線)、E-Beam(電子線)、X線(制動放射線)という3方式すべてに対応している点にある。大半の食品に安全に適用できる均一な照射を得意とするコバルト60、高速処理・高精度が持ち味のE-Beam、高い透過力と線量均一性を備えるX線と、品目や用途に応じて技術を使い分けられる体制は、ベトナム国内でも数少ない強みといえる。設備面でも、コバルト60照射システムの機械ラインと制御ソフトウェアをベトナム人スタッフ100%の自社チームで製造・設置した数少ない企業の一つとされ、ベトナム科学技術省の放射線・原子力安全局から認可を取得している。
輸出先国の基準対応という点でも存在感を示す。TPI社は米国農務省(USDA)傘下の検疫当局APHIS、ニュージーランド第一次産業省(MPI)、オーストラリアのBICON(検疫輸入条件)といった各国検疫当局の公式パートナーとなっており、これらの市場向けに生鮮果物を照射処理する資格を保持している。
2024年12月には植物防疫局(農業農村開発省)よりX線照射による植物検疫処理の認証も取得し、コバルト60とX線の2技術を同時に生鮮果物の輸出処理へ適用する、ベトナム国内でも先駆的な存在になったという。対応品目は生鮮果物、冷凍果物、冷凍水産物、加工食品にとどまらず、医療機器、工芸品、改質材料、化粧品、生薬、宝飾品、香辛料、ペットフードなど、農水産物以外にも幅広く及んでいる。

同一拠点で完結する冷凍と滅菌
TPL社とTPI社が隣接して立地していることの意味は小さくない。照射施設のすぐそばに冷凍倉庫があることで、輸出前保管を含めた統合ソリューションが実現し、複数拠点に商品を運ぶことなく照射と冷凍保管を同一拠点で完結できる。これにより企業側は時間・輸送コストを抑えられるうえ、サプライチェーンが分断されるリスクも軽減できる。これが「照射+冷凍」一体型モデルの強みだ。
今回の取材で川西倉庫が最も強調していたのは、放射線照射滅菌事業者との連携によって、衛生管理基準の高い米国・豪州・欧州向けに生鮮果物や野菜、加工食品を一貫して輸送できる体制が整ったという点だった。
実際、TPL社の取扱貨物のうち果物・水産物などの輸出向け貨物は、すでに全体の3割程度を占めているという。倉庫の立地自体も、農業生産が盛んなメコンデルタ地域にありながら、ホーチミン市やタンソンニャット国際空港、ロンアン港などの国際港湾へのアクセスが良好で、国際物流において恵まれたポジションにある。

川西倉庫が描くコールドチェーン戦略
日本とASEANをつなぐ物流ネットワーク
川西倉庫が目指す方向性は、日本とASEAN各拠点をつなぐコールドチェーンのネットワーク化にある。共同出資者であるTPI社とのタイアップを軸に、地域の生産者や地場の食品メーカーに根差したビジネス展開を進めることで、グローバルなネットワーク構築を通じてメコンデルタ産品の国際市場での評価・ブランド価値向上に寄与したい考えだ。今後は増床やチルド帯対応の強化も視野に入れつつ、まずは現状の冷凍倉庫を安定して稼働させることを優先する方針だという。

拡大が見込まれるベトナム冷凍食品市場
ベトナムの冷凍食品市場・農水産物輸出市場の先行きについて、川西倉庫はホーチミン市から30分ほど郊外に出ると冷凍食品市場がまだ十分に浸透していないエリアも多いとの見方を示す。今後3〜5年のスパンでは、内需拡大よりもまず輸出ビジネスに特化する環境が続くと見つつ、生活水準の向上が進む過程で、近隣国タイの中心都市バンコク並みの活況が期待できるとの見立てを語ってくれた。
インフラ整備の進展と、冷凍・滅菌を一体で提供できる体制の確立。この二つが両輪となって進むことで、メコンデルタ産品が国際市場でより高く評価される土壌が着実に整いつつある。川西倉庫、TPL社、TPI社という3者の連携は、日本の物流ノウハウとベトナム現地の技術・立地の強みを掛け合わせた取り組みとして、今後のメコンデルタ産品の輸出競争力を左右する試金石になりそうだ。
