ベトナムの消費市場に、静かだが確実な地殻変動が起きている。キーワードは「コト消費」――モノを買う満足から、体験そのものに価値を見出す消費行動へのシフトだ。ベトナムの一人あたりGDPは2025年に5000ドルを突破し、モノの豊かさを越えて、体験や経験に価値を見出す動きが強まっている。

その象徴の一つとして注目されているのが、近年ホーチミン市やハノイ市の主要都市で増加している猫カフェの存在だ。

所得水準の向上が著しいベトナムでは、カフェは単なるコーヒーを飲む場所を超え、人々がつながり、働き、自分らしさを表現できる空間へと進化する動きが加速している。その流れの中でペットカフェは、遊び心のある体験を提供する新業態として都市部の消費者を引きつけている。

イオンモール タンフーセラドン(AEON MALL Tan Phu Celadon)にあるペット用品ストアPETEMO(出所)イオンモールベトナム公式サイト

背景にあるのはペット市場の急拡大だ。経済水準の高まりから、都市部でのペット飼育はとりわけホーチミン市などの大都市で、若い社会人や現代的な家庭を中心に増加している。

2023年時点でベトナムには約648万匹の犬約558万匹の猫が生息しており、これは過去5年間で犬猫の総数が約221万匹(約22.4%)増加した計算になる。

さらに少なくとも1匹のペットを飼育している世帯の割合は2023年の67%から2024年には約74.5%に増加しており、ペットがますます家庭生活に馴染み深いものとなっている。ペットを「家族の一員」と捉える意識の広がりが、動物との触れ合い体験を「購入する」行動を後押ししている。

ベトナムにおける犬・猫の飼育数推移(2017~2023年)(出所)ベトナムのペット産業の展望レポート 2024

ベトナムでの消費者行動の変化も顕著だ。2025年のベトナムの消費者は、単に製品やサービスを求めるのではなく、体験の質や信頼感、そして自らの価値観と合致するブランドを求めるようになっている。

今後ベトナムでも体験経済――消費者に記憶に残る魅力的な買い物体験を提供することに特化した分野――が発展し、今後の消費行動をさらに形成していくと見込まれている。

猫カフェMOCHAが切り開く、ベトナム体験消費の新潮流

こうした潮流をいち早く読み、ベトナム市場に日本品質の猫カフェを持ち込んだ企業がある。国内外で猫カフェMOCHA合計40店舗展開(2026年5月29日時点。日本国内36店舗、海外4店舗)するリポット株式会社だ。

2024年9月、イオンモールとの連携によりフエ店・ハドン店の2店舗を同時オープン。日系企業として現地のコト消費の最前線に立つ同社の執行役員 事業推進部部長・吉田拓麻氏に、ベトナム進出の経緯と現地市場のリアルを伺った。

猫カフェMOCHA(モカ)リポット株式会社

──ベトナム進出の決め手は何でしたか?

(吉田氏)進出先はベトナムに限らず、東南アジア全体を視野に入れて検討しました。かねてよりお付き合いの深いイオンモールさんがカンボジアとベトナムにすでに出店していたこともあり、東南アジアへの初出店として、日系の商業施設に入居できることは大きな安心材料でした。

各国を比較検討した結果、ベトナムは平均年齢が比較的若く、経済成長も著しい。さらに猫カフェ自体がすでに複数店舗存在し、文化として受け入れられていました。そこに日本クオリティの猫カフェを持ち込めば、比較的早期に成功できると判断し、ベトナムを最初の進出先として選びました。

着物姿で漫画を読む女性と、傍らに寄り添う猫。日本の漫画文化とともに、猫カフェという新しい体験がベトナムに根付きつつある。
(リポット株式会社提供)

──日本のお客様と比べて、違いはありますか?

(吉田氏)まず大前提として、猫への愛情は日本・台湾・韓国・ベトナムとどの国でも変わりません。ただ、利用形態という点では違いがあります。

イオンモールという立地柄、ベトナムではファミリー層お子様の来店が多く、「子どもと動物が触れ合う場所」として使われるケースが中心です。

ベトナムのカフェでよく見られるような、ワークスペースとしての利用や、友人同士でゆっくり過ごすといった使い方は、現状ではまだ少ない印象です。もっとも、今後もし仮に路面店を展開していけば、その点は変わってくるとも考えています。

またピーク時間帯も日本とは異なります。日本では平日の夕方から混み始めますが、ベトナムでは夕食後に急激に来店が増える傾向があり、それに合わせて営業時間も日本より長く設定しています。

猫カフェMOCHAフエ店の様子。子猫が手のひらに近づいてくる瞬間。モノでは買えない体験が、リピーターを生む。(リポット株式会社提供)

──ベトナム向けのローカライズで工夫した点はありますか?

(吉田氏)空間デザインについては、日本のスタイルをそのまま持ち込む方針で、ベトナム向けに特別な変更は行っていません。ただ、日本と比べて人件費が比較的安価という現地の経済構造を踏まえた工夫はいくつか取り入れています。

例えば、日本の店舗ではセルフレジを導入していますが、ベトナムではまだセルフサービスの文化が浸透していないため、有人でのレジ・受付対応に切り替えました。ドリンクバーについても当初はセルフ式を試みましたが、お客様からのご要望を受けてスタッフが提供する形式に途中で変更しています。スタッフの配置人数も日本より多くしており、現地の商習慣に合わせた運営を心がけています。

食事の風景。店舗内では日本式の清潔さや居心地の良さが演出されている。(リポット株式会社提供)

──「猫カフェ」というコンセプトは、ベトナムのお客様に受け入れてもらえましたか?

(吉田氏)実は、最も受け入れに苦労したのは猫カフェというコンセプト自体ではなく、日本式の料金体系でした。10分いくらという従量課金制が、ベトナムのお客様にはなかなか馴染んでもらえなかったと思います。

当初は日本式を定着させたいという思いもありましたが、最終的には入場料金にドリンク代を含めたパック料金に切り替えました。ベトナムにはカフェ文化が深く根付いており、飲み物ごとに料金を支払うスタイルに慣れているお客様にとって、時間で課金するモデル自体がまったく新しい体験だったのだと思います。

コンセプト面で既存のベトナムの猫カフェとの差別化に最も効いたのは、「清潔感」と「猫の手入れ・健康管理」でした。日本基準の清潔さに驚かれたというお声を多くいただいており、それが大きな強みになっています。

ハノイ郊外のイオンモール ハドン店。モール内の好立地が、ファミリー層との接点を生んでいる。(リポット株式会社提供)

──ベトナム事業の展開で取り組んでいる現在の課題を教えてください。

(吉田氏)まず集客の面では、より自ら能動的に集客できる体制の構築を目指しています。

店舗運営面での継続的な課題は、物資の調達です。日本では容易に仕入れられるペット用品も、ベトナムでは品質・種類ともに十分に揃わないことが多く、安定した調達に苦労しています。また、猫の健康管理に必要な薬の種類も日本とは異なるため、現地の獣医師と日本の猫管理部門が連携しながら対応しているのが現状です。

イオンモールという立地が呼び込む家族連れ。子どもと動物の触れ合いが、来店動機の中心となっている。(リポット株式会社提供)

──ベトナムにおける「コト消費」の成熟度はどう見ていますか?

(吉田氏)ベトナムでも「体験にお金を払う」という意識は、現在進行形で着実に広がっています。イオンモール内でもキッズパーク的な体験型テナントが増えていることからも、その傾向は肌で感じることができます。

日本ほど成熟しているとは言えませんが、経済水準の向上とともに、動物との触れ合いや子どもの体験といった新しいニーズが確実に生まれてきています。猫カフェMOCHAは、そうした流れの先駆けとして挑戦している段階だと捉えています。

ゴールドのロゴ、木をモチーフにした内装、統一感のある白いソファ。日本品質の空間設計が、ベトナムの消費者に新鮮な体験を提供している。(リポット株式会社提供)

猫カフェが映し出す、ベトナム新中間層の「体験欲」

取材を通じて印象的だったのは、ローカライズの「線引き」の明確さであった。料金体系や接客スタイルは現地に合わせて柔軟に変えた一方で、空間デザイン猫の健康管理といった体験の核心部分は、日本式をそのまま現地に持ち込んでいる。「何を変えて、何を変えないか」を事前に整理していたからこそ、部分最適化されたローカライズを実現していると言える。

ベトナムでは所得水準の向上とともに、モノではなく体験に価値を見出すコト消費の潮流が着実に広がっている。猫カフェはその流れを体現する業態の一つであり、市場の成熟とともにさらなる拡大が期待される。

猫カフェMOCHA 店舗情報(ベトナム)

① イオンモールハドン店

  • 住所: ハノイ市ハドン区ドゥオンノイ区
  • 営業時間: 平日 10:00〜22:00 / 休日 9:00〜22:00(最終入店 21:30)
  • 定休日: 年中無休
  • 予約: 不要
  • 年齢制限: 2歳〜(7歳以下は保護者同伴)
  • 公式サイト: https://catmocha.jp/shop/hadong/

② イオンモールフエ店

  • 住所: 08 Vo Nguyen Giap, An Dong, フエ市, トゥア ティエン フエ省
  • 電話番号: 382-476-608
  • 営業時間: 平日 10:00〜22:00 / 休日 9:00〜22:00(最終入店 21:30)
  • 定休日: 年中無休
  • 予約: 不要
  • 年齢制限: 2歳〜(7歳以下は保護者同伴)
  • 公式サイト: https://catmocha.jp/shop/hue/

※2026年5月29日時点の情報です。

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長

三浦 賢弥

KENYA MIURA

筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機)に入構。

ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。