かつてベトナムで犬や猫といえば、家を守る「番犬」や生活に寄り添う身近な動物という位置づけが強かった。ところが今、その価値観が大きく変わり始めている。

ベトナム都市部では犬や猫を“家族の一員”として迎え、専用フードを与え、服を着せ、誕生日を祝う。ペット用品店やトリミングサロン、ペットホテル、猫カフェも広がり、ペットをめぐる消費は急速に拡大している。
背景にあるのは、経済成長による生活水準の向上、都市化、若い世代の価値観の変化だ。
5世帯に1世帯が犬を飼う国に

ベトナムのペットブームは、感覚的な流行にとどまらない。現地報道によれば、数字を見ても、その広がりは明らかだ。ベトナムでは現在、5世帯に1世帯が犬を飼い、7世帯に1世帯が猫を飼っているとされる。
国際市場調査会社ユーロモニターのデータでは、ベトナム国内のペット総数は約2800万匹(2022年時点)と推測されており、そのうち犬と猫は約1180万匹にのぼる。
残飯から専用フードへ 変わる飼育スタイル

従来、ベトナムでは犬や猫に人間の残り物を与えることが一般的だった。ペット専用のフードを日常的に購入する家庭は限られており、ペットにかける支出も今ほど大きくはなかった。
しかし近年、ホーチミン市やハノイといった都市部では、その光景が変わっている。ペットの健康を考え、ドッグフードやキャットフードを選ぶ飼い主が増えているのだ。ベトナム国内の犬猫のうち、専用ペットフードを与えられているのは、まだわずか5%にとどまるという。つまり、残り95%は今後の潜在市場ともいえる。
今はまだ「残り物を与える家庭」と「専用フードを選ぶ家庭」が混在している段階だ。しかし、都市部の若者や中間層を中心に、ペットの食事にお金をかける意識は確実に広がっている。
ペットは家族”が生む新しい消費

ペットを家族として扱う意識は、フードだけでなく、さまざまな消費を生み出している。
都市部では、ペットに洋服を着せる、アクセサリーをつける、専用ベッドを用意する、誕生日を祝うといった行動も珍しくなくなった。おもちゃ、シャンプー、サプリメント、グルーミング、ペットホテルなど、関連サービスも広がっている。こうした“ペットの人間化”を後押ししているのが、SNSの存在だ。
ベトナムではFacebookやTikTok、Instagramの利用が広く浸透している。飼い主たちは愛犬や愛猫の写真、動画を投稿し、かわいい姿を共有する。そこから「この服を着せたい」「このフードを試したい」「このサロンに連れて行きたい」という新たな消費が生まれる。
特に若い世代は、ペットを単なる飼育対象ではなく、自分のライフスタイルを映す存在として捉える傾向が強い。ペット用品を選ぶ行為は、生活の質や価値観を表現する行為にもなっている。
猫カフェ、トリミング、ホテル…広がる体験型サービス

https://catmocha.jp/information/?p=960
市場の成長は、物販だけにとどまらない。近年、ベトナムではペットと過ごす“体験”そのものに価値を見出すサービスも増えている。
象徴的なのが猫カフェだ。日本発の猫カフェブランド「猫カフェMOCHA」は、イオンモールと組んでベトナムで事業を展開している。
猫と触れ合う時間を楽しむ猫カフェは、日本ではすでに定着した文化だが、ベトナムでも都市部の若者を中心に支持を集める可能性が高い。ペットを飼えない人にとっても、動物と触れ合える空間は魅力的だ。
また、イオンペット株式会社が展開する国内最大級の総合ペットストアブランド「PETEMO」もベトナムのイオンモールでサービスを展開している。
買い物ついでにペット用品を購入し、トリミングやケアも現地では見受けられる。こうした複合型のサービスは、都市型ライフスタイルと相性がいいと考えられる。
ベトナムでは今、ペットを「所有する」だけでなく、「一緒に過ごす時間を楽しむ」方向へと文化が変わりつつある。
世界大手が参入 市場競争はすでに本格化

https://vietbao.vn/thi-truong-thuc-an-thu-cung-viet-nam-du-bao-dat-16798-trieu-usd-589602.html
急成長する市場を、世界の企業が見逃すはずはない。ベトナムのペットフード市場では、米国のMars社が「Pedigree」や「Royal Canin」などのブランドで存在感を示し、タイのPerfect Companion Groupも「SmartHeart」などで市場をリードしている。供給の約86%を輸入品が占め、上位3社だけで市場シェアの約7割超を占めるとのデータもある。
Mars社は2023年、アジア太平洋地域初となるペットフードの研究開発センターをベトナムに設立した。これは、ベトナム市場を単なる販売先ではなく、今後の成長拠点として見ていることの表れだろう。
日本企業も動いている。例えば、ドギーマンハヤシはベトナムに現地法人を設立し、現地のペット市場展開に動いている。
一方で、ベトナム国内のメーカーも成長している。ペット用衣類や寝具、アクセサリーを生産し、日本や北米、韓国、台湾、欧州などに輸出する企業もある。ベトナムは消費市場であると同時に、ペット関連製品の生産拠点としても存在感を高めている。

(出所)Grab https://www.grab.com/vn/blog/driver/grabcar-thucung/
今後、特に伸びが期待されているのが、プレミアムフードや機能性食品の分野だ。ペット向けにも、ビタミンやミネラル、プロバイオティクスを配合した商品、特定の健康課題に対応する療法食などへの関心が高まりつつある。
“番犬から家族へ”が映すベトナム社会の変化
ベトナムのペットブームは、単なる消費トレンドではない。それは、経済成長によって暮らしに余裕が生まれ、人々が「心の豊かさ」を求めるようになったことの表れでもある。
かつては庭先につながれていた犬が、今では室内で家族とともに過ごす。飼い主はペットの健康を考え、食事を選び、ケアにお金を使う。
ペットはもはや、生活の脇役ではなく、多くの人にとって、日々の感情を支え、暮らしを豊かにしてくれる存在となっている。
今後も高い成長率が予測され、プレミアムフード、スマートテック製品、グルーミング、ペット対応ホテルなど、高付加価値サービスへの需要はさらに強まるとみられている。
“番犬から家族へ”。この変化の先に、どのような新しい市場と文化が生まれるのか。ベトナムのペット経済は、いままさに成長の入口に立っている。
