「バイクで何分」から「駅から何m」へ——ベトナムの出店立地の物差しが変わりつつある。メトロ整備が加速するいま、日本企業はこの変化をどう出店戦略に落とし込むべきか。
ベトナムでは統計データの粒度が粗く、商圏分析は現地調査員の「肌感覚」に頼らざるを得なかった。だがメトロ開業と駅商圏の登場は、この積年の課題をむしろ顕在化させつつある。この課題に対し、GISとAIを活用した商圏分析の新手法が今、現場での実用段階に入りつつある。

(本記事の編集・執筆者)

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長
三浦 賢弥
KENYA MIURA
筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。
ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。
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(本記事の監修・取材協力)

株式会社JPメディアダイレクト
JPメディアダイレクトは 日本郵便株式会社、株式会社電通グループ、株式会社電通プロモーション 3社の出資により 2008 年 2 月に設立。
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ベトナム地下鉄開業で出店戦略はどう変わるか?
2024年12月22日、ホーチミン市に初の地下鉄「メトロ1号線」(19.7km、14駅)が開業した。開業2週間で利用者数170万人を突破し、2025年の年間利用者数は2,000万人超。現在は平日約5万人、週末約7万人が利用している。
従来、公共交通機関が未発達なベトナムではバイクが市民生活の主要な移動手段だったが、ホーチミン市民の間にも都市鉄道が根付きつつあり、都市の移動様式は転換点を迎えている。
整備は今後さらに加速する見込みだ。2026年の党政治局決議「09-NQ/TW」では、2030年までに総延長約200km、2045年までにネットワーク全体の完成が掲げられている。メトロ2号線は2026年1月着工予定(2030年完成目標)で、これに加え民間資本による路線や空港接続路線など複数の新線が2026年中に着工予定だ。ホーチミン市は2026~2030年で9路線・374km超の投資誘致を公表し、2045年には19路線・約700kmの整備を見込んでいる。

首都ハノイでもすでに2路線が運行中で、追加路線の整備も進行中だ。2026年6月には5路線・総延長約300km・総投資額約1,300兆VND規模の建設プロジェクトが着工し、ハノイ交通位史上最大規模の整備が動き出した。
都市鉄道の発展により、ベトナム都市住民の生活様式は大きく変化すると予測される。交通手段の多様化で都市の人の流れも変わり、日本のように駅周辺に住宅・商業施設・オフィスが集積する「公共交通指向型開発(TOD)」が発展していく可能性が高い。
こうした変化は、小売・飲食・アパレルなど店舗展開が軸となる業種の出店戦略にも直接影響するだろう。従来「バイクでの到達圏」を前提としてきた立地選定のロジックが、「駅からの徒歩圏」という新しい基準に置き換わりつつある。

「バイク商圏」から「駅商圏」へ—ベトナム出店の前提の変化
都市鉄道が発展する以前のベトナムでは、圧倒的なバイク普及率(登録台数約8,400万台)に根ざした「バイク商圏」(15〜30分圏内)が出店エリア検討の基準だった。「消費者が店舗に来店可能なエリアとしての商圏を測る基準は『半径何km』ではなく『バイクで何分走れるか』であり、これが店舗集客力を左右する立地選定の指標だった。」
しかしメトロの登場で、この前提は変わりつつある。駅という「点」が生まれたことで、商圏の捉え方は面から点へ、駅を起点とした徒歩圏へと徐々に変化していく。「駅徒歩5分圏内」という距離指標に加え、通勤時間帯の乗降客数や昼間人口滞留など、人の「流動」を捉える動的な指標がここベトナムでも重要性を増しつつある。
日本の都市部では駅前立地に飲食・小売・サービス業態が集積する出店戦略が一般化しているが、ベトナムでもメトロ沿線で同様に、従来のバイク商圏では捉えきれなかった新しい顧客接点を獲得できる可能性が出てきた。
もっとも、この駅商圏概念を出店判断に落とし込むには乗降客数や徒歩圏人口、昼間人口のデータが必要だが、ベトナムでこれを安定的に取得すること自体が容易ではない。

徒歩5分とバイク5分、商圏はどう違うか
実際どれほどの差があるのか。「GISドライブベトナム クラウド版」の時間商圏機能を使い、 メトロ1号線の起点であるベンタイン駅(ベンタイン市場)を起点に、徒歩5分圏とバイク5分 圏を描画して比較してみた。
徒歩5分圏は、ベンタイン市場を中心に周辺の街区数ブロック程度にとどまる、コンパクトな範囲となる。

一方で、バイクで5分の到達圏は、ベンタイン市場を中心に半径2km近くまで広がり、旧1区の大部分から3区・5区・10区の一部にまで及ぶ。サイゴン川という地理的な障壁があってもなお、これだけの面積をカバーできる点に、従来「バイク商圏」が出店エリア検討の基準とされてきた理由が表れている。徒歩商圏とは大きな違いの広さで潜在顧客を捉えられる広く浅い指標だったといえる。

同じ起点で徒歩5分圏を描くと、範囲はベンタイン市場周辺の数ブロックに絞り込まれる。ただし、これは「商圏が縮小する」ことを意味するわけではない。駅という高頻度・高密 度の人流拠点を起点とするため、面積は狭くとも、通過人口・購買力・来店頻度の面では むしろ濃度の高い商圏になり得る。日本の駅前立地がまさにそうであるように、「狭いが濃い」商圏へと評価軸そのものが変わっていくと捉えるべきだろう。
また、道路地図(Wemap)表示に切り替えると、その質的な違いはさらに具体的に把握できる。
バイク5分圏では複数の行政区をまたぐ広範囲が対象となり、エリア全体を面で捉える従来型の商圏設計であったことがわかる。

徒歩5分圏には、ベンタイン市場周辺の主要な通りと店舗群が収まる。範囲は狭いが、駅利用者という明確な人流が集中するエリアであり、乗降客数や滞留人口といった動的データと組み合わせることで、面積以上の商業ポテンシャルを持つ「点」として評価できる。

同じ起点・同じ「5分」という時間軸でも、移動手段によって商圏の面積は大きく異なる。 しかし出店戦略において重要なのは面積の大小ではなく、その商圏がどれだけの購買力 ・来店頻度を持つ人流を捉えられるかという「濃度」の視点である。この評価軸の転換こそが、駅商圏時代の出店戦略の本質だと言えよう。
ベトナムの商圏分析はなぜ難しいのか?
私自身も過去にベトナムの市場調査会社に7年半ほど携わり、ショッピングモールやスーパーマーケットの商圏分析を担当した経験がある。ちょうどコロナ禍で感染が拡大していた時期だったが、統計だけではカバーしきれない人口・世帯数・所得水準のデータは、調査員が実際に聞き込みを行うアナログな手段で取得していた。
日本の商圏分析であれば、国勢調査・商業統計・メッシュ人口データなど、行政が整備した高精度な統計データが土台となる。GIS(地理情報システム)ソフトで人口メッシュ・競合店POI・交通量データを重ね合わせれば、比較的容易に定量シミュレーションができる。さらに携帯キャリアの人流データを使えば、時間帯別の滞留人口まで把握可能だ。
一方、ベトナムではどうか。まず統計局データの粒度が粗く、更新頻度も低い。町(フォン)・区(クアン)単位より細かい人口データは入手しづらく、そもそも統計データを手に入れること自体が難しい。加えて、省・市によって統計の取り方や公表単位が異なるため、出典や粒度がバラバラで、複数エリアを横並びで比較しようにも同一基準のデータが揃わないケースも多い。

その結果、複数資料やローカル情報の収集だけで多くの時間を要する。政府統計だけでは不足する情報を補うために現地踏査や一次情報収集が必要となり、そのプロセス自体に大きな工数がかかる。現地調査会社への依頼にもコストがかかるため、出店候補地の分析には多くの時間がかかり、業務負荷も高かった。
具体的には、調査員が対象エリアを実際に歩き、店舗数や人流を目視で確認する。並行して統計局の公表データを人手で収集し、省・市ごとに出典や粒度が異なったまま、最終的にはExcel上で集計・整形していく。この一連のプロセスは時間と労力を要するだけでなく、収集したタイミングによって情報の鮮度にばらつきが生じやすいという弱点も抱えていた。
これらは、駅商圏という概念が登場する以前から、ベトナム市場調査(商圏分析)に携わる者が直面してきた課題に他ならない。そして駅商圏という新しい変数の登場は、この積年の課題をむしろ顕在化させている。従来以上に細かい粒度で、頻度高くデータを更新する必要が生じ、手作業中心の従来型調査手法ではもはや対応しきれない領域が広がっているのだ。
こうした課題に対応すべく、近年ベトナムの市場調査の現場で進みつつあるのが、GISとAIといったデジタル技術の活用である。

GIS・AIで進むベトナム商圏分析の手法転換
今後は、ベトナムの商圏分析をDXしていくタイミングが訪れている。人件費が比較的安価なベトナムだから通用した人海戦術的な市場調査のやり方ではなく、デジタルの力を利用していく必要がある。商圏分析においてここで相性が良い技術はAIとGIS(地理情報システム)だ。
これからのベトナム商圏分析の新しい手法では、GISプラットフォーム上にデータを一元化し、地図上で可視化・分析するというアプローチが考えられる。人口・所得・商業施設の分布といった情報が、あらかじめ地図データとして統合されており、調査員は現地を一件ずつ歩いて回らなくても、画面上でエリアの特性をリアルタイムに把握できるようになることが望ましい。
このアプローチを体現するサービスの一つが「GISドライブベトナム」である。提供元のJPメディアダイレクトは 日本郵便株式会社、株式会社電通グループ、株式会社電通プロモーション 3社の出資により 2008 年 2 月に設立された会社だ。郵便物流・郵便局ネットワーク等を活用した DM メディアの企画・開発・販売および、ダイレクトマーケティング・BPO関連サービス等を提供している。

同社が展開するGISドライブベトナムでは、ベトナムの国勢調査データをベースとした「人口」「世帯数」「性別人口」「世代別人口」「年収別人口」「昼間人口」といった統計データを地図上で提供しており、まさに上記で述べたような「地図上での一元的な把握」を具体化したツールと言える。
駅からの徒歩圏、乗降客の流動、時間帯別の昼間人口といった動的なデータは、現地踏査や手作業の統計収集だけでは当然追いきれない。一方で、ベトナム統計局のデータをそのまま使用もできない現状である。
しかしGISプラットフォーム上でデータが地図情報として一元管理されていれば、駅を起点とした徒歩圏の設定や、エリア単位での人流の可視化も、格段に迅速かつ柔軟に行えるようになる。

GISドライブベトナムで見るホーチミン市の商圏構造
実際に「GISドライブベトナム クラウド版」を操作してみると、ホーチミン市の地理に精通していない担当者であっても、Webアプリ上で商圏特性を短時間で把握できることに驚かされる。国勢調査地区単位だけでなく275mメッシュ単位まで粒度を落として可視化できるため、これまで「肌感覚」に頼らざるを得なかった商圏理解を、データに基づいて検証できるようになる。
空港を境に分かれる人口集積パターン
まず「総人口」レイヤーで275mメッシュ分布を確認すると、タンソンニャット国際空港を挟んで東西で明暗がくっきりと分かれることがわかる。空港西側(タンビン区、タンフー区、ソンキー地区方面)は比較的赤色メッシュが少なく、人口密度は中程度にとどまる。
一方、東側の都心寄りのエリア(フーニュアン区、ビンタン区、旧1区・4区・11区方面)は赤色メッシュが密集し、高密度な居住エリアが帯状に連続している。特に空港東側は道路網が細かく入り組んでおり、狭小な路地に沿って住宅がびっしりと張り付く、旧市街特有の人口集積パターンが読み取れる。
興味深いのは、日本企業のオフィスが集積するグエン・フエ通り周辺や、日本人街として飲食店・宿泊施設・エステサロンなどが軒を連ねるレタントン通り周辺の居住人口が、意外にも少ない点だ。地図上で赤く塗られているのは「居住人口密度が高いエリア」であり、昼間は多くの人で賑わうこのビジネス・歓楽街エリアも、実際に住んでいる人口はさほど多くない。これは「昼間人口」と「居住人口」を混同したまま出店判断を下すことのリスクを、視覚的に示す好例だ。

GISドライブベトナムの操作画面。人口・昼間人口・収入レベルを275mメッシュで切り替え表示でき、円・フリーハンド・時間・ライン等6種類の商圏作成ツールも同一画面で利用できる。
収入レベルは「中心集中型」、人口密度とは一致しない
次に「収入レベル」レイヤーに切り替えて同じくホーチミン市を275mメッシュで可視化すると、収入の高いエリアが都心部(旧1区・3区・5区・10区周辺)に集中し、そこから外縁に向かって段階的に収入レベルが低下していく「中心集中型」の構造が明確に浮かび上がる。これは郊外に富裕層エリアが分散して形成される都市とは対照的なパターンであり、ホーチミン市特有の都市構造を物語っている。
さらに開業済みのメトロ1号線の駅圏を重ね合わせると、高収入エリアと交通結節点が重なる区間が浮かび上がり、出店立地の優先順位づけに有効な判断材料となる。単なる人口密度だけでなく、購買力を伴う商圏をピンポイントで特定できる点こそが、この収入レベルメッシュデータの実務的な価値でもある。
そして人口分布図と収入レベル図を重ねて比較すると、都心の高収入エリアは必ずしも人口密度が最大のエリアと一致しないことも見えてくる。「人が多いエリア」と「稼ぐエリア」には一定のズレが存在しており、この乖離を見誤ると、集客力はあっても客単価が伴わない立地を選んでしまうリスクがある。出店戦略においては、この二つのレイヤーを併せて検証する視点が欠かせない。

ベトナム出店戦略、次に問われる3つの論点
ここまで見てきたように、メトロという「点」の登場は、ベトナムの出店戦略における立地選定の基準そのものを塗り替えつつある。しかしこの変化を実務に落とし込むには、まだ整理すべき論点が残っている。
論点① いつ・どの沿線に出店すべきか?
第一に、メトロ整備は一度に完成するものではなく、2026年着工のホーチミン2号線、2026年6月に一括着工したハノイの5路線など、2030年から2045年にかけて段階的に進んでいくロードマップである。日本企業がベトナムでの中長期的な立地戦略を描くには、この整備スケジュールを踏まえ、「いつ・どの沿線に・どの段階で」出店判断を下すかという時間軸の設計が欠かせない。
論点② 業種別のインパクト
第二に、駅商圏がもたらす影響は業種によって濃淡がある。コンビニ・カフェ・ドラッグストアのように高い回転率と日常利用に支えられる業態ほど、日本の駅前開発(TOD)で見られたような立地効果を受けやすい一方、ブランド専門店(アパレル)や高級レストランなど目的来店型の業態では影響の出方が異なる。自社の業態がどの変化を先取りすべきかを見極める視点が求められる。
論点③ バイク商圏と駅商圏が併存する過渡期
第三に、当面はバイク商圏と駅商圏が併存する過渡期が続く点にも注意が必要だ。沿線人口がまだ薄いエリアや、トゥーティエムのようにTOD開発が計画に追いついていないエリアも少なくない。「駅に近い」という理由だけで出店を急げば、当てが外れるリスクもある。
こうした中長期の立地戦略、業種別の影響整理、そして過渡期のリスクの見極め方について、本記事の続編となるダウンロード資料でさらに詳しく解説している。ベトナムでの出店戦略を検討中の方は、あわせてご参照いただきたい。
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