株式会社キッズスターが展開する社会体験アプリ『Gokko World』のベトナムでのユーザー数が、300万人を超えた。日本で累計900万ダウンロードを記録する『ごっこランド』の海外版であり、同社にとって初めての海外展開先である。代表取締役の松本健太郎氏は、現地法人の設立にあわせてホーチミンに駐在し、立ち上げを自ら指揮してきた。
『ごっこランド』は、子どもと保護者は完全に無料で利用でき、パビリオンに出店する企業から出店料を得るというモデルであるが、ベトナムでも再現できるのか。1カ国目にベトナムを選んだ判断の背景から、企業開拓の現在地、そしてベトナム現地の教育市場に対する見立てまで、松本氏に聞いた。

累計900万DLの『ごっこランド』とベトナム版の概要
キッズスターが提供する『ごっこランド』は、「社会のしくみ」をゲームで楽しく学べる無料の社会体験アプリである。実在する企業やブランドの仕事や商品・サービスを、スマートフォン1つでいつでもどこでも体験できる点が特徴だ。日本国内での累計ダウンロード数は900万以上にのぼり、全国の子育て世帯に利用されている。
日本では、参加する企業・ブランドは90以上、体験コンテンツは200を超える。1社あたり毎月平均15万回以上プレイされ、1人あたりの平均プレイ時間は3分。広告としての「露出」ではなく、子どもが自ら手を動かして商品やサービスに触れる時間が、数字として積み上がっている構造だ。コンテンツは企業・ブランドが伝えたいメッセージを反映した完全オーダーメイドで開発され、題材を問わず遊ばれる形に仕上げる。

ベトナムを含めた海外で展開する『Gokko World』も、この骨格をそのまま引き継いでいる。ユーザーである子ども・保護者は完全無料で利用でき、パビリオンに出店する企業から出店料を収受する。つまり、企業の出店料の原資はマーケティングやCSR、広報など企業によってさまざまだが、いずれにしても企業の予算が開発・配信の費用をまかなう仕組みであり、家庭は費用を気にせず利用できる。日本で10年以上かけて磨いてきた仕組みを、そのまま海外の1カ国目に持ち込んだ形だ。

教育費の対GDP比が示すベトナム進出の決め手
海外展開の1カ国目としてベトナムを選ぶにあたり、タイ、インドネシアも含めて最後まで比較検討したという。
判断材料の1つは、経済環境の安定性だった。経済成長が一定の水準で続き、景気のブレが比較的小さいこと、そして政権にも安定感があること。事業を立ち上げてから回収するまでに時間のかかるモデルである以上、数年単位で前提が大きく動かない市場であることは重要な条件になる。
そして最大の決め手となったのが、教育費の対GDP比だった。同社の見立てでは、ベトナムのこの比率は日本と同水準にあり、ASEANの他国と比べて際立って高い。
「子どもにお金と時間をかけるという考え方が、日本と非常に近い。知育という観点で最初に出ていく国として適していると判断した」(松本氏)

ベトナム市場の特徴とダウンロードが伸びる理由
進出の判断を支えたのが教育投資の水準だとすれば、実際にユーザーが積み上がっている背景には、ベトナム特有の人口構造と生活習慣がある。同社が捉えている市場の特徴を整理すると、需要の母数、広がる仕組み、空いている領域、受け皿となる企業側の関心という4つが同時に揃っている状態が見えてくる。
子ども人口の厚みと競合の少なさが示す市場の余地
まず前提となるのが、年間約145万人という出生数を背景とした子ども人口の厚みである。ターゲットとなる層の母数が継続的に供給される市場であり、これは日本国内で同種の事業を展開する場合との最も大きな違いになる。その上に、3つの条件が重なる。
1つ目は、SNSや口コミによるオーガニックな拡散が起きやすいユーザー獲得環境であること。保護者同士のネットワークで情報が伝わる速度が速く、広告費を積み増さずともダウンロードが伸びる余地がある。
2つ目は、社会体験型のデジタルコンテンツという領域そのものに、競合がまだ少ないこと。学習塾や語学、学校の成績に直結するサービスは数多く存在するが、企業の仕事や商品を体験するという切り口の知育アプリは、市場としてほぼ空いている状態にある。
そして3つ目が、事業モデルの成立に直結する条件だ。ベトナムに進出している日系企業、そしてローカル企業の双方に、子ども向けマーケティングへの関心が存在していること。出店の受け皿がなければ無料配信のモデルは回らないため、この関心の有無が参入可否を分ける。

休暇・スマホ普及・アニメ人気が重なる獲得環境
ダウンロードが伸びる直接の要因としては、同社は3点を挙げる。
第1に、長期休暇の構造である。ベトナムの学校には6月から8月まで3カ月におよぶ夏休みがあり、加えて旧正月(テト)の休暇も7日以上続く。日本と比較しても長期の休みが存在しており、この期間に『Gokko World』を見つけてダウンロードし、その後も継続してプレイするという流れが生まれているという。
第2に、スマートフォンの普及状況だ。ベトナムの携帯電話接続数は1億6,850万件に達し、2024年1月時点で総人口の169.8%に相当する。人口の70%以上が44歳以下という年齢構成もあり、新しいアプリが受け入れられやすい環境が整っている(出典:We Are Social & Meltwater「デジタル2024 ベトナム」)。
第3に、日本のアニメ文化の浸透である。日本のアニメ作品が興行面でも上位に入るなど、ベトナムの生活のなかにアニメ文化が根づいている。『Gokko World』は日本版と同じキャラクターを使用しているが、レビューにはキャラクターがかわいいという声が数多く届いており、コンテンツとの相性の良さが継続利用につながっているという。

無料で届ける知育アプリのBtoBtoCモデル
ビジネスモデルは、基本的には日本と同じBtoBtoCである。企業からの出店料がアプリの開発・配信費用をまかない、一般ユーザーである子どもと保護者には無料で届ける。
このモデルのもとで同社が取り組むべきことは、主に2つに集約される。1つは、現地の子どもや家庭に自社の商品・サービスを知ってほしい、理解を深めてほしいと考える企業に対し、アプリを通じたアプローチを提案していくこと。もう1つは、ユーザー側の獲得である。ユーザー数が少なければ企業が出店する意味は薄くなる。楽しく、たくさん、繰り返し使ってくれるユーザーをベトナム国内でどれだけ集められるかが、事業成立の前提条件になる。
先行配信とテストマーケティングで得た手応え
同社が選んだのは、ユーザー獲得から着手する順番だった。現地法人を設立する前に、まずアプリの配信を開始している。2023年8月のことだ。
目的は、日本と同じBtoBtoCモデルのうちToC側——職業を体験する、世の中にあるものをアプリ上で体験するという行動そのものが、日本と同じように現地で理解されるかどうかの検証である。文化も生活も異なる市場で、このコンセプトが伝わらなければ、その後のプロセスも成立しにくい。約1年をかけてテストマーケティングを行った。結果は、初年度で約100万ダウンロード。一定の再現性があると判断し、本格参入へと舵を切った。
「知育アプリ自体がそれほど多くないので相場観や比較対象はないのですが、事前にきちんと設計して出したこともあり、想定よりかなりスムーズに立ち上がったという理解です」(松本氏)
現在、ベトナムにおけるユーザー数は300万人を超えた。新規ユーザーはこれまでは年間100万人を超えるペースで増え続けており、急速に積み上がっている。

日本より2〜3歳高いベトナムの利用年齢層
ユーザーの属性にも、日本との違いが表れている。
地域分布はほぼ人口動態のとおりで、ホーチミン、ハノイ、ダナンが上位3都市を占め、ハノイ近郊のハイフォンなども続く。都市規模に応じた分布となっている。特徴的なのは年齢層だ。利用の開始は2〜3歳からで、これは日本と変わらない。しかし卒業の時期が異なる。日本では9〜10歳、小学校2〜3年生あたりで離れていくのに対し、ベトナムでは調査上、11〜12歳程度まで利用が続く。2〜3歳分、利用期間が長い。
同社が立てている仮説は、デバイス環境の違いである。日本では小学校3〜4年生になると家庭用ゲーム機やスマートフォンを持ち始め、子どもの可処分時間がそちらに移っていく。
ベトナムではそれらの普及がまだ進んでおらず、価格も日本の倍近い水準にある。子どもがコンテンツやデバイスに触れる経路が日本と異なることが、利用年齢の高さにつながっていると見る。
残る課題は、もう一方のBの側だ。この場を使って企業がベトナムの家庭・子どもに商品を知ってもらい、購買行動につなげるという、日本で実現してきた流れをどこまで再現できるか。今後はここにアクセルを踏む段階にあるという。
企業が知育アプリに出店する価値とキユーピーの事例
では、企業にとってこのアプリに出店する価値はどこにあるのか。松本氏が挙げるのは、幼少期の原体験が持つ重みである。
子どもはいずれ将来の顧客になる。そのときに効いてくるのが、幼い頃にその商品やブランドに触れた経験だという。とりわけ効果を発揮するのが、品質や機能で差がつきにくい日用品や食品の分野である。
「例えば、マヨネーズであれば、A社にもB社にもC社にもそれぞれこだわりがありますが、消費者からは選ぶ理由が見えにくい。『子どもの頃に勉強したから安心・安全』といった、値段ではない付加価値で理由づけができる。そこが得意なサービスです」(松本氏)

もう1つの価値が、リアルな施策との連続性だ。幼稚園や保育園でのイベント、サンプリングは多くの企業が実施しており、それ自体が有効な手段である。その前後でアプリを組み合わせると、学んだことの「続き」や「予習」として機能する。アプリで体験したものが実物として目の前に現れる、という体験がつくれれば、双方の施策の価値を互いに高め合える。
こうした考え方を実際の形にしているのが、キユーピーベトナムの取り組みである。日本の『ごっこランド』でも展開している企業で、その現地版として制作された。コンテンツは2本あり、うち1本は生野菜を現地の子どもに食べてもらうことを狙ったものだ。

野菜のキャラクターで神経衰弱を行い、時間内に揃えた具材——レタスやきゅうりなど——でサラダをつくる。そこに、ベトナム版オリジナルの具材であるロブスターなどをトッピングし、マヨネーズやごまドレッシングをかけてオリジナルサラダを完成させる。仕上がりは、見ているだけでおいしそうな一皿になる。
この取り組みの狙いは、単なる商品認知にとどまらない。ベトナムでは子どもの肥満の増加や砂糖税をめぐる動きといった文脈のなかで、生野菜を食べる文化がまだ深く定着していない市場に向けた啓蒙と、同社の強みであるドレッシングのストーリーを子どもたちのなかに育てること。その両方を兼ねた施策として、すでに2年弱継続されている。

日本の文脈をそのまま持ち込むローカライズ方針
興味深いのは、同社が現地向けの作り込みを最小限にとどめている点である。
提供開始前の事前マーケティングでは、「現地に合わせて作り込みすぎない方がよい」という意見が多く集まったという。日本で知育として使われているという事実があり、日本の教育に対する現地の信頼感があるのなら、そのストーリーを崩さずそのまま持ち込む方が、保護者の信頼につながる——そう判断した。
実際に行っているのは、音声関連と文字・文言の翻訳が中心である。これに加え、商品パッケージが日本と異なる場合には現地のものに差し替える。先のキユーピーの事例でも、日本で食べる野菜と現地で食べる野菜が異なるため、登場する具材の入れ替えを行っている。伝えたい価値の骨格は動かさず、目の前の子どもが自分の生活と結びつけられるかどうかという一点で調整する。ローカライズの線引きが明快である。

日系とローカルを二つのラインで開拓する営業体制
協賛企業の開拓は、日系企業に限定していない。日系だけ、あるいはローカルだけに偏らせず、基本的にミックスさせる方針だという。
将来的には、むしろローカル企業の比率が高くなると松本氏は考えている。ベトナムの保護者から「自分たちの生活に根ざしたサービス」として受け止められるためには、身近な企業やブランドが並んでいる状態が必要になるからだ。
そのうえで、ローカル企業との商談では、中長期的なブランディングという概念の浸透度に向き合うことになる。例えばベトナムのミネラルウォーターを店頭に置き、知ってもらい、手に取ってもらう。「この水はこの水源から来ている」というブランドストーリーを積み上げていく——こうした考え方は、日本と比べればまだこれから広がっていく段階にある。

ベトナムの教育熱と知育アプリ市場の伸びしろ
ベトナムの教育市場全体について、松本氏は伸びしろがあると見ている。
背景にあるのは、学びを積み重ねた先に進学や就職の機会が広がるという、社会に共有された道筋である。教育への投資が子どもの将来に結びつくという実感があるからこそ、家庭は教育費を惜しまない。その中心にあるのが英語と数学だ。
このうちデジタルを活用した領域には、まだ大きな余地が残されている。学力の向上に直結するサービスはすでに市場として成熟しつつあり、成長のペースが一巡する時期もあると見るが、そこが再び動き出せば、周辺の領域もあわせて広がっていく。
教育産業全体で見ると、日本企業の本格的な参入はまだ限られている。現地で「これから教育分野に出たい」という日本企業を紹介される機会はあるものの、実際に展開している例は多くない。教育熱と連動して動く分野であり、産業としての余地は大きいというのが同社の見立てである。

ベトナムでは教育政策の動きも速い。小中学校では放課後に保護者が費用を負担して補習を受けさせる慣行があり、政府はAIを教育に取り入れる方針も表明していると聞く。
「既存の仕組みが日本ほど積み上がっていない分、一足飛びに最先端へ進めるのは、成長段階にある国に共通する強みだと思っています。方針が定まれば一気に進む社会なので、決めるスピードも実行するスピードも非常に速い。過渡期はあるにせよ、気づけば先を行かれている可能性がある——そういう緊張感を持ってビジネスをしています」(松本氏)
学校の壁に各カテゴリーの成績上位者が掲示されているといった光景は、学びの成果を社会全体で認め合う姿勢の表れでもある。日本でも、進学が将来の可能性を大きく広げると考えられていた時期には、同じような熱量が社会にあった。教育に対する向き合い方として、決して特殊なものではないという捉え方だ。
教育格差の解消とASEANへ広げる次の一手
子どもと保護者が無料で使えるという設計には、ビジネスとしての狙いだけでなく、教育の機会をどこまで広げられるかという視点もあると松本氏は言う。
日本は周辺国から見れば、地方と都市の教育格差が比較的小さい国である。対してベトナムでは、住む場所によって受けられる教育の質に差がある。デジタルは、その差を埋めていくための布石になりうる。
アプリを通じて「こういう職業がある」と知り、なりたいと思う。それだけでも将来をつかむきっかけになる。保護者が「この子はこういうものが好きなのかもしれない、可能性にかけてみよう」と気づくきっかけにもなる。そうした機会が広く行き渡れば、国の未来を支える布石にもなりうる——外から事業を持ち込む立場として、そこまで見据えたいと松本氏は語る。
デバイスと通信環境さえあれば、ベトナム全土で同じ体験が届く。企業の力を借りて質の高いものを無料で提供するという、本来であれば成立しにくいことを日本で実現できた。その形を守りながら、ベトナムからASEANへ広げていきたいという。
横展開はすでに始まっている。2025年12月には、タイとインドネシアで同様の形でのアプリ配信を開始した。両国でもユーザーの確保と、現地で商品・サービスを展開したい企業との接点づくりを並行して進めている。ベトナムを含む3カ国で、日本で実現した価値を再現することが当面の目標だ。

ベトナム国内では、引き続きユーザーの拡大と、地方・都市部を問わず多くの家庭が使える環境の整備に注力する。同時に、日系・ローカル・日系以外の外資を含めた企業のコンテンツを子どもたちに届け、企業側の参加を広げていく。
300万人という利用者の広がりは、日本で積み上げてきたモデルがベトナムでも受け入れられたことを示している。この土台の上に、どれだけの企業が自社の商品やサービスを乗せていくのか。子どもと家庭への接点を求める企業にとって、ベトナムでの新たな選択肢として、今後の展開が注目される。

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長
三浦 賢弥
KENYA MIURA
筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。
ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。
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