気候変動の影響で、世界のカカオ生産量の約70%を占めるコートジボワールとガーナの生産が落ち込み、国際的なバイヤーの間で調達先の分散化への関心が高まっている。
こうした中で注目を集めているのがベトナムだ。ベトナムのカカオ生産規模は世界的に見ればまだ小さいものの、希少な「トリニタリオ」種を中心とした「ファインフレーバー」カカオに強みを持ち、高級チョコレート市場での存在感を高めつつある。本稿では、ベトナムにおけるカカオ生産の現状と将来性を、生産動向・価格・主要企業の動きなどの観点から整理する。
小規模ながら注目されるベトナムのカカオ生産
ベトナムのカカオ生産面積は現在3,000ヘクタール弱、乾燥豆の年間生産量は約3,500トンにとどまる。これはコーヒー(73万500ヘクタール)やカシューナッツ(30万800ヘクタール)と比べると極めて小規模だ。

ベトナム農業環境省作物・植物保護局によれば、なかでもダクラク省・ダクノン省・ザライ省・ラムドン省の4省でベトナムのカカオ生産の約半数を占める。
ベトナムコーヒー・カカオ協会の集計では、カカオ栽培面積3,471ヘクタール・収穫面積2,836ヘクタール・乾燥豆生産量4,786トンとなっている(数値は調査元により異なる)。標高と冷涼な気候がカカオ栽培に適しており、コーヒー栽培からの転換を進める農家も多い。
ただし、ベトナムのカカオ生産面積は過去に2万ヘクタールを超えていた時期もある。2012年時点では2万5,700ヘクタールに達していたが、カカオ相場の変動やドリアン・アボカドなど競合作物との競争により、2023年までに90%も減少した経緯がある。

適切な生産計画を欠いたブーム便乗型の増産が過剰供給と価格暴落を招いた結果であり、専門家はカカオが長期投資と高度な技術を要する「工業作物」であることを踏まえた、コーヒーや胡椒と同様の全体的な生産・供給管理の必要性を指摘している。
一方、直近では再び増加傾向の動きもある。ベルギーの製菓原料メーカー、ピュラトスと老舗チョコレートメーカーのグランプラスがベトナムで設立した合弁企業ピュラトス・グランプラス・ベトナム(PGPV)によると、2024年のベトナムのカカオ生産面積は2,708.44ヘクタールで、前年の2023年から約300ヘクタール増加した。2025年には生産面積が500ヘクタールを超える見通しも示されている。
ベトナム産カカオ、希少なファインフレーバー種
世界のカカオ生産量は400万トンを超えるが、ベトナムが占める割合は極めて小さい。しかし規模の小ささとは対照的に、品種としての希少性がベトナム産カカオの価値を高めている。世界の主要品種の95%は量産型の「フォラステロ」種であるのに対し、ベトナムは希少なクリオロ・トリニタリオ系の「ファインフレーバー」カカオに強みを持つ。

近年、世界的な気候変動の影響で主要産地の生産が落ち込んでいる。世界最大のカカオ生産国であるコートジボワールでは、2001年から2023年にかけてカカオ栽培面積の26%、380万ヘクタールが失われたとされる。このような主要産地の供給減少を背景に、ベトナム産カカオは独自の風味を武器に高級市場での地位を確立しつつある。
ベトナムは最近、国際ココア機関(ICCO)から「高品質フレーバーカカオ生産国」の認定を受けた。ベトナム産カカオの高品質が国際的に認められ、高級セグメント向けチョコレートの原料供給国としての地位を得たことになる。
産地開発の取り組みとしては、ドイツ国際協力公社(GIZ)とPGPVが2021年から2025年にかけてダクラク省・ラムドン省で実施した「ReCoPro」プロジェクトが挙げられる。農家300戸に対し9万本の苗木を提供し、生産基盤の強化を図った。
ベトナムと世界のカカオ価格動向
世界的なカカオ価格は、2024年12月に史上最高値となる1トンあたり12,906ドルを記録するまで、数年にわたり上昇を続けた。その後は下落局面に転じ、2026年3月27日時点では1トンあたり3,161.21ドルまで下落、前年同月比では60.52%の減少となっている。
ベトナム国内の取引価格も、この価格高騰期にかけて大きく上昇した。生カカオ豆の取引価格は1kgあたり1万4,000〜1万6,000ドン(約85〜96円)、乾燥カカオ豆は1kgあたり22万〜26万ドン(約1,333〜1,576円)まで値上がりし、いずれも前年の3〜5倍程度の水準となった。この間、カカオ農家が得る収入も1ヘクタールあたり4億〜4.5億ドン(約242万〜273万円)まで増加しているという。

ベトナム産カカオ、産地で異なる風味が魅力
先述した通り、アフリカ産の量産型カカオとは異なり、ベトナム産カカオはフルーティーでスパイシーな風味が特徴で、ビーン・トゥ・バー(Bean-to-Bar)生産に適している。特筆すべきは、前述の産地ごとに異なる風味プロファイルを持つ点だ。メコンデルタ産はココナッツやトロピカルフルーツを思わせるフルーティーな酸味、東部地域産はナッツ系の香ばしさ、山岳部産はスパイシーで重厚な風味を持つとされる。
ウェスタン・ハイランズ農業畜産科学研究所のニュエン・ティ・タン・マイ氏は、ベトナム産カカオはリッチな風味と酸味のバランスの良さ、フルーティーな味わいを特徴とし、クラフトチョコレートやダークチョコレートなどのプレミアムチョコレート製造に適していると評価する。同氏は、優れた風味とは単に生産量の多さではなく、品質・トレーサビリティ・農家が伝える文化的背景そのものであるとコメントしている。
また、カカオと他作物との混作モデルが低炭素・サステナブル農業を実現している点も評価されており、近年は森林生態系を保全しながらカカオを栽培する「森林再生型カカオ栽培」も注目を集めている。

こうしたベトナム産カカオの個性を製品として結実させた成功例が、ホーチミン市発のチョコレートブランド「MAROU(マルゥ)」だ。2011年にフランス人のサミュエル・マルタ氏とヴィンセント・ムルー氏がベトナムで創業し、ベトナムで初めてビーン・トゥ・バーに取り組んだチョコレートメーカーとして知られる。
ベンチェ省やティエンザン省など産地ごとに単一銘柄のバーを展開し、地域ごとの風味の違い(テロワール)を前面に打ち出す点が特徴だ。国際的なチョコレートコンクールでの受賞歴もあり、現在はベトナム国内の直営店に加え海外にも輸出されている。外国人観光客向けのお土産としても人気が高く、ベトナム産カカオの高付加価値化を象徴する事例となっている。
ベトナムカカオ調達、大手企業の動き
ベトナムのカカオ生産拡大を後押ししているのが、国際的な大手企業の動きだ。ピュラトスとグランプラスの合弁会社PGPVは、ベトナム国内でのカカオ生産面積拡大の実態を調査・発表しており、業界データの主要な発信元となっている。
日本からも、菓子メーカーのブルボンがベトナムに参入した。ブルボンは、カカオ豆の安定調達と調達先産地の開発を目的に、ベトナムのチョコレート製造・輸出企業チョンドゥックカカオ社と覚書を締結し、ザライ省でのカカオ産地開発に取り組んでいる。
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