山形の外国人、4人に1人はベトナム人
山形で暮らす外国人の、実に4人に1人はベトナム人だという事実をご存知だろうか。外国人住民数は過去最多の10,879人を記録し、その伸びは年々加速している。
夏祭りで踊り手が被る花笠の材料から、山形県が掲げる国際戦略まで――気づけばベトナムの存在感は、街のあちこちに静かに広がっていた。単なる「働き手」ではなく、地域とともに歩む隣人として。山形とベトナムの、知られざる距離の近さに迫る。
この記事の監修・執筆者

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長
三浦 賢弥
KENYA MIURA
山形県山形市出身。筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。
ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。
この記事の共同制作者・取材対応

在山形ベトナム人協会 代表
笹原 智子
TOMOKO SASAHARA
山形市生まれ、在住。長年にわたり山形県や国の国際交流事業に協力し、ホストファミリーとして短期のホームステイを受け入れてきた。
2020年9月、在山形ベトナム人協会(愛称・TVA Yamagata)を設立。2023年4月、団体名の愛称を「More Smile Yamagata(略称・MSY)」に改称
山形の外国人住民、最多はベトナム人
山形県のまとめによると、令和7年12月末時点で県内に住む外国人は84の国・地域、10,879人にのぼり、県内の全市町村に居住している。前年同期の10,312人から567人(5.5%)増加し、過去最多を更新した。県の総人口に占める割合はまだ1.10%だが、増加のペースは年々加速している。人口減少が続く山形にあって、外国人住民数だけは右肩上がりという、逆行した状況が続いているのだ。
その中で最大の存在感を放つのがベトナムである。2,935人で全体の27.0%を占め、2位の中国(1,863人、17.1%)、3位の韓国(1,309人、12.0%)、4位のフィリピン(1,110人、10.2%)を大きく引き離している。

上位4カ国で全体の66.3%を占めるが、その中で単独トップに立つのがベトナムというのは、ここ数年で急速に進んだ変化だ。かつて外国人労働者といえば中国からの技能実習生というイメージが強かった地域も多いが、山形ではすでに主役が入れ替わっている。産業別に見ると、外国人材の受け皿として最も多いのは製造業が過半数を占め、以下、建設業、医療・福祉、サービス業と続く。
この背景には、山形県自体が抱える構造的な事情がある。全国有数のペースで人口減少と少子高齢化が進む山形では、地場の製造業や建設業、介護・医療の現場で若年労働力の確保が年々難しくなっている。県内で働き手を探そうにも母数そのものが縮小していく中、技能実習や特定技能といった在留資格を通じて若い働き手を受け入れる仕組みは、地域の産業基盤を維持するための重要な選択肢となっている。
花笠まつり、山形県の成長戦略にもベトナム
山形市役所の裏手、旅籠町に「バインミー329(Bánh mì 329)」というベトナム料理店がある。2024年にオープンしたこの店は、ベトナム人夫妻が営んでおり、山形の日常の中で本格的なベトナム料理を味わえる場所として知られている。
わざわざベトナムまで旅行に行かなくても、市役所帰りにふらっと立ち寄るだけで本場の味に出会える。ベトナム料理は、もはや遠い異国の料理ではなく、山形の日常の中で気軽に味わえるものになりつつある。

そしてベトナムの気配は、数字や飲食店にとどまらず、地域の風物詩にも静かに広がっている。東北を代表する夏祭りのひとつ「山形花笠まつり」では、2025年、踊り手が使う花笠の一部がベトナム産に切り替わった。
編み手不足に悩んでいた山形市の民芸品販売店・尚美堂が、ジェトロ山形の仲介でベトナムからの調達に踏み切ったのだ。軽くて丈夫という特性が評価され、翌年用にも1,500個が届くなど、この調達は一過性で終わらず継続する動きになっている。花笠づくりの担い手不足という、地域の伝統工芸が抱える極めて日本的な課題を、遠く離れたベトナムの生産力が支えている構図は象徴的だ。
行政の側にも同様の視線がある。山形県の国際戦略を見ると、ベトナムをASEANの中で人口3位の規模を持ち、都市部への人口流入とGDP成長が見込める市場として位置づけ、輸出パートナーとの連携による農産物などの新たな販路開拓に取り組む方針を掲げている。

「山形に住むベトナム人」はどんな人たちか
では、実際に山形で暮らすベトナム人とは、どんな人たちなのだろうか。在山形ベトナム人協会が令和5年9月12日から11月5日にかけて実施したウェブアンケート(回答数65人)から、その実像が見えてくる。
まず年齢層は20代が66.1%と多数を占め、30代が30.8%、40代はわずか3.1%。全体として若い世代が中心であることがわかる。日本での居住年数は「1〜3年」が36.9%で最も多いものの、「3〜5年」29.2%、「5〜10年」18.5%と、中長期にわたって暮らす層も一定数存在する。在留資格別に見ると「技能実習」が38.5%で最多だが、いわゆるエンジニア職などの就労ビザにあたる「技術・人文知識・国際業務」が29.2%、「特定技能」が21.5%を占めており、「実習生が中心」という一昔前のイメージだけでは捉えきれない構成になっている。

山形を住む場所として選んだ理由(山形県在住者への自由記述)では、「採用された会社が山形だった」が17件で最も多かった。次いで「環境に関すること」12件、「生活に関すること」6件と続く。就職先の縁がきっかけで山形に来たものの、実際に住んでみて環境や暮らしやすさを評価する声が一定数あることも興味深い。
一方、生活上の困りごとで最も多かったのは「言葉が通じないこと」で52.3%、次いで「職場でのコミュニケーション」が30.8%。その一方で「困ったことや心配事はない」という回答も18.5%あった。情報の入手先としては「知人・友人」(69.2%)と「インターネット・SNS」(67.7%)が突出して高く、行政などの公共機関から情報を得ている人はわずか3.1%にとどまる。しかも地域活動に参加している人ほど、知人・友人からの情報比率が高まる傾向が見られ、コミュニティのつながりそのものが生活情報のインフラとして機能している実態がうかがえる。
そして特に印象的なのが、日本人との交流意向の高さだ。「積極的に交流したい」と答えた人は全体で73.8%にのぼり、地域活動に参加している層に限れば88.6%に達する。「交流しなくてよい」という回答はゼロだった。多くのベトナム人が、単に働くためだけでなく、地域社会の一員として関わりたいと考えていることが、この数字からも読み取れる。

山形のベトナム人協会、始まりは1人
こうした実態を、現場で最も近くから見てきたのが「在山形ベトナム人協会」だ。設立当初から支援活動を続けてきた協会の代表・笹原智子さんに、これまでの歩みと今の課題について話を聞いた。
コロナ禍からの船出
協会が設立されたのは令和2年(2020年)9月2日。ベトナムの独立記念日に合わせた日取りだった。この時期は、2017年11月に新たな技能実習制度がスタートし、2019年4月には在留資格「特定技能」が創設されるなど、外国人材の受け入れをめぐる制度が大きく動いた直後にあたる。
そこへ追い打ちをかけるようにコロナ禍が始まり、支援ニーズが一気に高まった時期とも重なった。混乱の中でのスタートだったが、結果として「在山形ベトナム人」という存在を県内に広く知らしめるきっかけになったという。
笹原さん自身はベトナムにルーツがあった訳ではないが、国際交流に関心を持ち、ホームステイの受け入れを14カ国ほど経験してきたという下地はあった。直接のきっかけとなったのは「日本語サポーター研修」への参加だ。そこでメディアが取り上げた山形の日本語教育の現場や、急増する外国人の実情を知り、調べていくうちに技能実習制度の課題や、想像以上に多くのベトナム人がすでに山形で暮らしている事実に行き着いたという。「一市民としてできることはないか」――その素朴な使命感が、協会立ち上げの原動力になったという。

口コミで広がった約3,000人のコミュニティ
ひとりで活動を始めることの難しさを感じていた時期、仙台の「在仙台ベトナム人協会」を見学したことが転機になった。そこで知り合った会長とのつながりから、山形在住のキーパーソンとなるベトナム人を紹介してもらい、そこから口コミでコミュニティが広がっていったという。
今では、協会のFacebookグループのメンバーは約2,960人にのぼる(2026年7月16日時点)。国籍もベトナム人に限らず、日本人も含めて多様だ。運営する日本語教室には、多い時には日本人と合わせて30〜40人ほどが参加したこともあるという。
活動の柱は大きく3つある。対面・オンライン両方で行う「日本語カフェ」による学習支援、ベトナム料理づくり体験などを通じた交流会・文化イベント、そして労働環境の問題や孤立、生活面の困りごとに対応する相談支援だ。日本語が話せないことが孤立をはじめとする様々な問題の根本にあるケースが多く、中でも日本語支援は特に重視しているという。

山形のベトナム人急増、いま迎える転換期
ここ数年で急増してきた山形のベトナム人だが、笹原さんの実感としては、その勢いは今、高止まりの傾向にあるという。背景にはいくつかの要因が重なっている。ベトナム経済そのものの発展、円安の進行、そして日本国内における外国人材の受け入れをめぐる社会的な空気の変化なども影響していると見られる。
さらに実務面で大きなインパクトを持つのが、在留資格の更新・変更にかかる手数料の値上げの動きだ。永住者申請の手数料についても2026年10月1日から大幅な引き上げも検討されている。笹原さんは今後、「短期就労を志向する層」と「定住・キャリア形成を志向する層」への二極化が進んでいくのではないかと見立てている。
山形の主要産業である製造業(縫製工場も多い)・建設業の現場では、2019年の特定技能制度の創設以降、3年の技能実習を終えた後に介護分野へ転身する人も増えているという。求人情報はベトナム人コミュニティのFacebookグループを通じて広がることが多く、山形に定住した人が家族や友人を呼び寄せる流れも生まれている。
山形弁と積雪、在山形ベトナム人が抱える悩み
先述したアンケート調査の結果以外に、山形での生活面での困りごととして真っ先に話として挙がるのが、言葉の問題に次いで「雪」だという。移動手段として自転車を使う人が多いため、積雪は生活に大きな支障をきたす。「住んでみて初めて負担の大きさを実感する」という声は少なくないそうだ。
コミュニケーション面では、方言も見過ごせない壁になっている。日本語が母語ではないベトナム人から見ると、山形の人は表情や口の動きが比較的乏しく、ただでさえ言葉の壁がある外国人にとっては意思疎通がより難しく感じられるという。加えて高齢者が多いエリアでは、訛りや早口の山形弁の聞き取りに苦労するケースも多い。

「労働問題」から「文化の共生」へ
協会設立当初は、どうしても「外国人労働問題」という文脈でクローズアップされがちだった。近年は一部報道の影響で、ネガティブなイメージが先行してしまう場面もあるという。だからこそ、文化や食を切り口にした発信で、見方を変えていきたいというのが笹原さんの思いだ。特に、10代の若い世代が外国人と接する機会を増やすことが、将来的な多文化共生を支える草の根の力になっていく――そんな考えを笹原さんは強く持っているという。
実際、国際結婚や出産も進み、日本の学校や保育園にはベトナムにルーツを持つ子どもたちが増えているとのことだ。協会発足から6年、当時独身だった会員が親になったという話は、この6年間で積み重なってきた時間の厚みを感じさせるエピソードだ。
「“世界はとなり”やまがたフェス」という新しい接点
山形県が主催する「“世界はとなり”やまがたフェス」も、こうした流れの中で生まれた取り組みのひとつだ。外国人支援団体や行政などによる委員会が発足し、笹原さんも多文化共生推進プラン策定委員として「やまがた共生社会」の実現を目指していくための検討会に参加してきた。2025年10月に第1回が開催され、2026年は2回目を迎える。県も予算を強化しているという。
一方で課題も見えてきている。会場を訪れた外国人と地域住民との交流そのものがまだ少ないことだ。店舗ブースでの個別のやり取りはあっても、来場者同士が交わる機会は限定的で、周知・集客が最大の課題になっているという。

山形とベトナムの今後、隣人として
数字で見ても、街の風景で見ても、そして支援の現場の声を聞いても、共通して浮かび上がってくるのは「ベトナムはもう特別な存在ではなく、山形の日常の一部になりつつある」という事実だ。
一方で、雪や方言といった暮らしの壁、制度変更による負担増、地域住民との交流機会の少なさといった課題も、まだ解消されたわけではない。数字の上では「積極的に交流したい」というベトナム人が7割を超える一方、その受け皿となる地域側の仕組みは発展途上にある。
単なる働き手としてではなく、隣人として。山形とベトナムの関係が次のステージに進めるかどうかは、こうした草の根の接点を、行政や企業、そして地域住民がどこまで一緒に育てていけるかにかかっている。

在山形ベトナム人協会
More Smile Yamagata
ベトナム人を中心とした 日本で生活する外国人のための支援活動を行う。
「知恵を持って健全、快適な環境を!」をモットーに「学ぶ」「つながる」「助け合う」で笑顔になれるコミュニティづくりを目指し、2020年9月、在山形ベトナム人協会(現在の略称:More Smile Yamagata 旧:TVA Yamagata)を設立し、任意団体として活動を開始
