ベトナムの飲食店市場は、中間所得層の拡大と外食需要の高まりを背景に急速に成長を続けている。伝統的に屋台やローカル食堂中心だった食のシーンは変わりつつあり、和食・韓国料理・欧風料理へと消費者の関心が広がるなど、食への嗜好の多様化が読み取れる。足元では日系飲食チェーンの進出も相次いでおり、2025年だけでもロイヤルホールディングス、サイゼリヤ、元気寿司、ノバレーゼ、とんかつ和幸など、著名な飲食企業がベトナム1号店を開業している。
飲食産業の発展に伴い、フードデリバリー市場も成長が著しい。2025年にはGMV(流通取引総額)で約21億米ドル(前年比19%増)に達しているという。ホーチミン市・ハノイなど大都市への人口集中と長時間通勤・長時間労働が進む中、オフィスワーカーや学生を中心に、調理や外食にかける「時間」を節約する需要が高まっている構造も、フードデリバリー市場の拡大を支えている。
一方で、飲食店の新規開業が相次ぐ中、ベトナムの消費者にとって「信頼できる飲食店の情報にどう辿り着くか」が新たな課題として浮かび上がっているという。

今回InfoBankでは、ベトナムでユーザー数30万人以上、提携店舗数3,000以上を誇るフードデリバリー&レストラン予約アプリ「Capichi」を運営するCapichi Founder&CEOの森大樹氏に取材を実施した。
森氏は20歳でベトナムに渡り、現地在住9年目。2019年7月にハノイでCapichiを創業して以来、ベトナムの飲食店DX市場に長年取り組んできた人物であり、誰よりもベトナム現地の飲食店事情に精通しているといえる。本稿では森氏へのインタビューをもとに、ベトナム飲食市場の最新トレンド、飲食店DX市場の課題感、先行サービスの盛衰、Capichiが歩んできた道のり、そして今後の展望について、専門的な視点から紐解いていく。

Capichi創業はグルメ動画アプリから
Capichiは2019年7月、森氏がハノイで設立した。現在はシンガポールに本社を置きながら、ベトナムと日本でサービスを展開しており、従業員数もこの数年で着実に拡大してきた。
森氏によれば、Capichiは創業当初から現在の「フードデリバリー×レストラン予約」という形態に固定していたわけではないという。もともとは店探しの入口となる「動画グルメプラットフォーム」としてスタートしたが、コロナ禍で外食に行けなくなったことをきっかけに、飲食店向けのデリバリープラットフォームを新たに開発。2020年前後にデリバリー注文機能を立ち上げた。

当初は動画グルメプラットフォームとデリバリーの両事業を並行して運営していたが、コロナ禍においてもデリバリー事業が伸び続けたことを受け、半年ほどでデリバリーへ本格的にシフトする意思決定を行ったという。森氏自身は「結果論」と振り返りつつも、コロナ禍による需要変化とタイミングが重なったことで、この転換が事業を軌道に乗せる大きな契機になったという。市場の変化に応じて素早く事業の重心を調整してきたこの姿勢は、競争が激しく変化の速いベトナムのスタートアップ環境で生き残る上で、重要な要素だったと森氏は語る。
こうした経緯を経て成長してきたCapichiは、現在では都市部の中高所得層を中心に、着実にユーザー基盤を広げている。プラットフォーム上の月間流通金額も安定して大きな規模に達しており、利用者はホーチミン市とハノイの二大都市が大半を占める一方、ダナンやビンズンといった地方都市にも利用が広がりつつある。
利用言語で見るとベトナム語が過半数を占めるものの、日本語・英語・韓国語・中国語を使う外国人ユーザーも一定の存在感を持っている。デリバリーの平均注文単価は他社アプリと比べても高水準にあり、月間の利用頻度やリピート率も高い傾向にあるという。

日本食から見るベトナム飲食市場の変化
ベトナム消費者による日本食への評価が変わりつつある理由
森氏によれば、2019〜2022年頃までの日本食は「高級・特別な体験」として消費される傾向が強かった。空間や雰囲気も込みで一人30万ドン程度が「普通」とされる一方、当時はまだ本格的な日本食に触れる機会自体が限られており、味の違いを食べ分けられるベトナム人はまだ少なかったというのが森氏の私見だ。しかし直近2〜3年では、実際に多くの店を食べ歩く中で「本物の日本食」の味が分かるベトナム人が着実に増えてきているという。
日本食デリバリーの需要にも変化が見られる。以前は「日本食は特別な外食」という位置づけが強く、高価な弁当を日常的にデリバリーで頼む習慣はあまり定着していなかった。しかし最近は、日本食を気軽な日常食として楽しみたいというニーズが高まり、価格帯にこだわらず自分の好きな日本食店のデリバリーを主体的に選んで頼むという行動へと変わってきているという。
こうした変化の背景の一つとして森氏が挙げるのが、日本帰りのベトナム人、いわゆる在日経験者の増加だ。彼らは雰囲気よりも「本当に美味しい、日本で食べた味」を求める傾向があるという。

ベトナム飲食店市場に潜む情報不足の課題
森氏によれば、ベトナムでは近年、フードデリバリーサービスやSNSを通じた飲食店探しが一般化してきた一方で、掲載店舗の質にばらつきがあり、ベトナム消費者が「本当に信頼・安心して利用できる店舗」を見極めることが難しいという課題が存在するという。
信頼できるグルメ情報の不足という現状
森氏が繰り返し強調するのは、飲食体験の「入口」にあたる情報の質の重要性だ。ShopeeFood・GrabFoodなどは店舗獲得を競争的に進めており、二強体制の中でGMV拡大のために掲載店舗数を増やすインセンティブが強く働く。結果として、審査や品質基準が緩い状態で多数の小規模店・個人経営店が参入でき、店舗の質にばらつきが生まれやすい構造になっているという。
また、2023年に初めて発行されたベトナムのミシュランガイドのような権威ある格付けは、まだ一部のファインダイニングにしか及んでおらず、大多数を占める中間価格帯の飲食店には信頼できる第三者評価の仕組みがほとんど存在しない。ベトナムでは伝統的に「口コミ・知人の紹介」が信頼の基盤だったが、それが匿名の大量レビューに置き換わったことで、かえって情報の信頼性を判断する手がかりが失われた側面もあると森氏は指摘する。
こうした状況について、森氏はベトナム消費者にとって「信頼できるグルメプラットフォームの欠如」自体が課題になっていると語る。中間層に加え、中高所得層やベトナム在住外国人を中心に、安心して選べる店舗情報へのニーズは着実に高まっており、これまではフードデリバリーを中心に展開してきたCapichiにとっても、この飲食に関わる消費者の入口部分の課題を解決することこそが、一貫して重視してきたテーマだという。

ベトナム飲食市場の変化スピードとFoody
森氏が繰り返し語るのは、ベトナムのフードデリバリー・飲食業界を取り巻く環境は非常に速いスピードで変化しており、事業者は常に変化する消費者ニーズへ機敏に対応し続ける必要があるという点だ。その象徴的な事例として森氏が挙げるのが、かつて市場を席巻したグルメプラットフォーム「Foody」の存在である。
6〜7年前、ベトナムには「Foody」というグルメプラットフォームがあり、一時は市場のデファクトスタンダードとして機能していた。しかし現在では、Foodyのアプリ・ウェブサイトの店舗ページはすべて、同一企業が運営するデリバリーサービス「ShopeeFood」へ誘導される仕組みとなっており、実質的にグルメプラットフォームとしては機能しているとはいい難い状況だ。
森氏によれば、その背景にはデリバリー事業への経営資源シフト、広告収益に依存したプラットフォームモデルの限界、事業方針の転換、そしてコロナ禍による店探し需要の一時的な消失など、複数の要因が重なっていたとみられる。結果として、この間隙を突く形でGrabFoodが台頭し、現在もベトナムのフードデリバリー市場シェア1位はGrabFoodとなっている。
森氏はこの事例を、特定企業の経営判断の是非を論じるためではなく、「市場のニーズやプレイヤーの力学は数年単位で大きく変わりうる」ことを示す教訓として捉えている。だからこそCapichiも、目先の事業モデルに固執せず、常にベトナム消費者の変化するニーズに向き合い続ける姿勢が欠かせないという。

Capichiの現在のポジショニングと差別化戦略
良質店舗だけを厳選するCapichiの発想
森氏は、Capichiのポジショニングを日本の高級宿泊予約サイト「一休」になぞらえる。フードデリバリーの中でも良質な店舗だけを厳選して掲載することで、ハイエンド・セレクト層の需要を取り込んできたというコンセプトだ。この3年ほど、こうしたハイエンド・セレクト型のマーケットは急成長を続けているという。
このコンセプトは、他社デリバリーサービスとの立ち位置の違いにも表れている。ベトナムのフードデリバリー市場には、ShopeeFoodやGrabFoodのように、幅広い価格帯の店舗を数多く掲載し、マス層への浸透を重視するサービスが存在する。これに対しCapichiは、ユーザーの平均所得と平均注文単価がともに高い象限を狙うポジショニングを取っている。
これは単に価格帯の高い店舗を集めるという発想ではなく、厳選された高品質の人気店舗のみを掲載することで、結果的に中高所得層のユーザーに支持され、平均利用単価も他社アプリより高くなっているという構図だ。森氏はこの差別化こそが、価格競争に陥りやすいデリバリー市場において持続的な成長を可能にする鍵だと語る。

Grab・Shopeeと戦わない選択
マス向けに事業を拡大しようとすれば、資本力に勝るGrab・Shopeeなどと正面衝突することになり、現状のCapichiの体力では戦えない。日本で言えば、資本力を持たずにUber Eatsへ真正面から挑むようなものだと森氏は例える。
そのため森氏が目指すのは、あくまで「グルメプラットフォーム」としてユーザーの“入口”(店探し・食事探しの起点)を押さえることだ。デリバリーやタクシー配車、レストラン予約はあくまで“出口”に過ぎず、入口さえ押さえれば出口はいくらでも繋げられるという考え方だという。実際、マス向けの安価な店舗を試験的に掲載してみたこともあったが、あまり売れなかった。これは、Capichiユーザーの間に「マス向けの安い店ならGrabで良い」というイメージがすでに定着しているためだ。
日本人・韓国人に見るCapichiの使われ方
Capichiのみを使い続けるユーザーは全体の3〜4割程度で、その多くは日本人や韓国人だ。日本食にこだわりを持つ日本人の一部は、他のデリバリーサービスを一切使わない。一方、残りの多くのユーザーはGrabとCapichiを併用しており、「高級・こだわりの食事(日本食・韓国料理など)はCapichi」「安価なローカルフードやミルクティーなどはGrab」という形で、シーンに応じて使い分けているという。森氏はこうした棲み分けが実際に成立している状態を、これまで築いてきたポジショニングが機能している証だと捉えている。

ユーザーと加盟店を支えるCapichiの機能
Capichiは現在、フードデリバリーとレストラン予約を軸に、ユーザー・加盟店の双方に向けた機能を提供している。
安心して選べる店舗と多言語サポート
ユーザー向けには、安全性と品質を重視して厳選した店舗のみを掲載しているほか、リアルタイムの注文追跡、日本語・英語・ベトナム語・韓国語・中国語の5ヶ国語対応チャットサポート、ベトナム最多水準のオンライン決済手段への対応など、安心して利用できる環境づくりに力を入れている。
さらに、会員向けのポイント機能や店舗ごとのスタンプカード、注文済みユーザーのみが投稿できるレビュー機能により、リピーター向けの体験価値も高めている。テイクアウト注文にも対応しており、利用シーンの幅広さもCapichiの特徴の一つだ。
店舗のブランディングを支える仕組み
加盟店向けには、Web・アプリを通じたリアルタイムの注文管理に加え、配送パートナーの自動手配、スタンプカードによるリピーター促進、店舗独自のプロモーション設定機能などを提供している。
また、Zalo・Messengerを通じたリアルタイムサポート体制を整えており、店舗側が困った際にいつでも相談できる仕組みを構築している。マスターアカウントを通じて収益や顧客情報を一元管理できる点も、店舗運営の効率化に寄与しているという。

配達パートナーの質を高める工夫と課題
配送品質についても森氏は率直に課題を語る。配達ドライバーの質は完全にはコントロールできない領域であり、悪質なドライバーが一定数存在することは避けられない課題として認識しているという。対策として、評価の高いドライバーの優先アサイン、注文の多い時間帯・エリアへのドライバー配置強化、同じドライバーを繰り返しアサインすることによるサービス習熟などの工夫を実施している。
配送パートナーについては、地場大手の「Ahamove」に加え、昨年からVingroup系の「GreenSM」との連携を開始し、比率を徐々に拡大している。GreenSMはドライバーをバイク貸与付きで直接雇用する仕組みのため、質が相対的に高く、清潔感やユニフォームといった見た目の面でも差があるという。今後はこうした質の高い配送パートナーの比率をさらに高めていく方針だ。
ベトナム飲食店DXの今後とCapichiの展望
森氏は、ベトナム飲食店市場の成長とともに、今後は「デジタル化された安心・信頼のインフラ」としての飲食店DXが一段と重要なテーマになるとみている。その実現に向けてCapichiが目指すのは、単一のデリバリーアプリにとどまらない広がりだ。ベトナムの消費者が信頼・安心して飲食店を探せるよう、飲食店DXサービスのエコシステムを段階的に拡大していく方針だという。

具体的には、厳選された店舗情報という「入口」を軸に、デリバリーやレストラン予約、さらには加盟店向けのマーケティング支援やロイヤリティプログラムまでを一体的に提供する。これにより、消費者と飲食店の双方にとっての基盤インフラとなることを目指している。
3,000店舗を超えるネットワークと30万人超のユーザーからの信頼を土台に、Capichiは今後も多言語対応の強化や配送パートナーの質向上、加盟店支援の高度化などを通じて、このエコシステムを一つずつ着実に広げていく考えだ。ベトナムの飲食店市場が今後さらに拡大する中で、Capichiが「信頼できる入口」としての役割をどこまで拡張していけるのか、その動向が注目される。

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長
三浦 賢弥
KENYA MIURA
筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。
ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。
