三重県伊勢市に本社を構える有限会社二軒茶屋餅角屋本店。クラフトビール「ISEKADO(伊勢角屋麦酒)」を展開する同社が、ベトナムの協力工場で醸造する海外生産ブランド「ISEKADO International」を立ち上げてから、2026年8月で一般発売1周年を迎えた。

累計出荷本数はすでに50万本を突破している。同ブランドは現地産パッションフルーツを主原料に据え、日本国内では実現しづらい品質と価格の両立を可能にした挑戦だ。なぜベトナムだったのか、なぜパッションフルーツと米だったのか。代表取締役社長の鈴木成宗氏に話を聞いた。

有限会社二軒茶屋餅角屋本店  代表取締役社長 鈴木 成宗
有限会社二軒茶屋餅角屋本店  代表取締役社長 鈴木 成宗

伊勢から世界へ、三段階で進めた海外展開の戦略

ISEKADOは1997年、「伊勢から世界へ」という思いとともにクラフトビール事業を始めた。鈴木氏は、微生物とともに仕事をしたいという個人的な志向と、伊勢という地から世界に打って出たいという意志の二つが創業の原点にあったと振り返る。

海外進出は、これまで三段階で進めてきた。第一段階は世界大会での受賞による品質証明である。2003年のオーストラリア国際大会での受賞を皮切りに、国内外のコンペティションで評価を積み重ねてきた。第二段階は海外への輸出であり、2009年にアメリカへの輸出を開始して以降、現在は10カ国以上に展開している。そして残された最後の夢が、海外の地でISEKADOブランドのビールを造ることだった。

クラフトビール「ISEKADO(伊勢角屋麦酒)」の海外生産ブランド「ISEKADO International」が、2026年8月、一般販売から1周年を迎えた。
クラフトビール「ISEKADO(伊勢角屋麦酒)」の海外生産ブランド「ISEKADO International」が、2026年8月、一般販売から1周年を迎えた。

ただし、ビールという商品は単価の割に重くかさばるうえ、蒸留酒に比べて輸送中の熱劣化・老化劣化が大きく、そもそも輸出向きの商品ではない。そのため、ブランドが確立した段階で現地生産へ移行するという発想は、創業時からの前提だったという。

もっとも、ISEKADOの定番商品を現地で生産することは、自社の技術力をそのまま海外へ移管することに等しい。実際に着手してみると、日本国内で自分たちが作っているものを海外でそのまま再現することの難しさを痛感したという。そこで発想を転換し、「現地でしか作れない原料」と自社の技術を融合させ、現地でしか作れない良いものを作るという方針に切り替えた。これが、現在のISEKADO Internationalのコンセプトとなった。

ベトナムを海外ビール醸造の拠点に選んだ理由

同社は現在、十数カ国にビールを輸出している。その中で鈴木氏が最も有望視するのが東南アジアだ。人口増加と一人当たりGDPの伸びにより、ビールに対する需要が着実に高まっている地域として位置づけている。

一方、海外生産という第3段階に進むにあたっては、輸出とは別に、現地で製造を任せられるパートナーの選定が課題となった。インドネシアやマレーシア、シンガポール、さらにはインドの企業とも交渉を重ねてきたという。

そうした比較検討の中でベトナムを選んだ理由は、人と仕事の進めやすさだと言う。非常に親日的で、日本人と気質が似ており、真面目かつ熱心に取り組んでくれる。技術者が一生懸命に取り組む姿勢も評価が高く、日本人と同じ目線で交渉やディスカッションができる点が決め手となった。英語を話す人が比較的多く意思疎通に困らないこと、ヨーロッパ由来の技術を取り入れる柔軟性が日本以上に高いと感じられることも背景にある。

第1弾「パッションフルーツペールエール」(左)と第2弾「ホッピーライスラガー」(写真提供:有限会社二軒茶屋餅角屋本店)
第1弾「パッションフルーツペールエール」(左)と第2弾「ホッピーライスラガー」(写真提供:有限会社二軒茶屋餅角屋本店)

パッションフルーツと米が生む二つの看板ビール

ベトナム産パッションフルーツに行き着いた理由

ISEKADOブランドをそのまま現地生産することは、着手して間もなく高いハードルであることが見えてきた。同社には「ISEKADOのビールは世界大会で受賞できる水準でなければならない」という基準があり、現地でも「ISEKADOらしさ」を守るため、レシピ設計から発酵管理まで細やかな技術共有を重ねている。まずベトナムでしか作れない原料を軸にしながら技術を底上げしていく方針だ。

現地で目につくのはココナッツミルク、ココナッツウォーター、ライチといったフルーツであるグアバなども含め一通り試作を重ねる中で、香りは良くてもビアスタイルがマイナーになってしまう、あるいは仕上がりに好ましくない濁りが出てしまうといった課題に直面した。

最終的にパッションフルーツに行き着いた理由は複数ある。日本では贈答用にもなる高級果実だが、ベトナムでは朝食のホテルビュッフェにライチが山盛りになるのと同様、身近な存在である。実際に産地を視察した際、苗が空調管理された室内で丁寧に育てられ、入室の際には着替えや二重扉による防虫対策が求められるほど徹底した管理が行われている一方で、価格は非常に安いことに驚いたという。

ベトナム現地でのパッションフルーツ栽培の様子。(写真提供:有限会社二軒茶屋餅角屋本店)
ベトナム現地でのパッションフルーツ栽培の様子。(写真提供:有限会社二軒茶屋餅角屋本店)

加えて、パッションフルーツの香りが、近年のトレンドであるフルーティな香りを生み出すチオール系の香気成分と方向性が近かったことも決め手になった。なおパッションフルーツの種の苦味を加味して、ベースのビールのレシピを調整するといった苦労もあったようだ。

日本へ輸入すれば高い関税がかかり、副原料として潤沢に使うのはコスト面で難しい。現地で醸造するからこそ、高品質な果実を惜しみなく仕込みに投入できる。第1弾「パッションフルーツペールエール」は、ISEKADOの代表作であるペールエールのレシピをベースに、現地産パッションフルーツをふんだんに加えたものだ。

メコンデルタ産の米が生むライスラガーの魅力

第2弾の「ホッピーライスラガー」は、世界有数の米産地であるベトナム・メコンデルタ産のインディカ米を約30%使用したライスラガーである。米を使う分だけモルトの厚みや重さが軽減され、逆に長粒米に通じる米由来のフレーバーが立ち上がることで、非常にドリンカブルな一杯に仕上がっている。クリアなキレ味に、アメリカンホップの華やかな香りが控えめに広がる構成だ。いずれも330ml缶、アルコール分5.5%、価格は317円(税込)で、公式オンラインショップなどで販売されている。

ベトナム南部のメコン川下流域に広がる肥沃な湿地帯では大規模な稲作が営まれており、同国の米生産量の半分以上をこの地域が占めている。(写真出所)Nikkei Asia
ベトナム南部のメコン川下流域に広がる肥沃な湿地帯では大規模な稲作が営まれており、同国の米生産量の半分以上をこの地域が占めている。(写真出所)Nikkei Asia

技術移転が突き付けるビール醸造現場の難しさ

鈴木氏によれば、ビールの製法はレシピという形で伝えることができるが、同じレシピでも作り手によって出来上がりには大きな差が生じると言う。ビールの根幹をなす発酵は、酵母の機嫌を取りながら活性を上げ、しっかり働いてもらう工程であり、酵母のバッチごとの状態を見極めて溶存酸素量や発酵タイミングを微調整する、いわば職人技に近い領域だという。

加えて原材料がすべて農作物である以上、同じ品種のホップでも収穫年や産地によって香りや苦味が変わる。こうした微調整を積み重ねて初めて安定した品質が生まれるものであり、その勘所を一つひとつ共有しながら、共に品質を作り上げていくプロセスが欠かせない。

現在も、ISEKADOの定番商品を醸造できる水準を目指して技術共有を進めている。同時にISEKADO Internationalでも世界大会での受賞を目指し、出品を計画している。

発売1年で50万本、市場から得た確かな手応え

累計出荷50万本という実績とともに、顧客からの声も届いている。パッションフルーツペールエールは「フルーティーで夏場に良い」との評価を、ホッピーライスラガーは「飲みやすい」との評価を得ている。都内のフレンチレストランで2種類を扱ってもらった際には、パッションフルーツは香りの主張が強く前面に出る一方、ライスラガーは米がどんな料理にも合うように、あらゆる食事と合わせやすいという、それぞれ異なる個性が確認できたという。

次弾に向けては、これまでも様々な原料を試しながら検討を重ねているという。中には黒ビールのスタウトとの相性が良いものもあるが、スタウト自体がマイナーなスタイルで量が出にくいという課題も抱えている。鈴木氏は、可能であればISEKADO Internationalをベトナム国内でも流通させ、現地の反応を確かめてみたいとの意向も示した。

伊勢角屋麦酒を代表する3つのフレーバー。左からペールエール、ヒメホワイト、ヘイジーIPA(写真提供:有限会社二軒茶屋餅角屋本店)
伊勢角屋麦酒を代表する3つのフレーバー。左からペールエール、ヒメホワイト、ヘイジーIPA(写真提供:有限会社二軒茶屋餅角屋本店)

ベトナムの酒文化とクラフトビールの成長余地

ベトナムはフランス統治時代の影響で食文化にフレンチとの親和性があり、2023年頃からミシュランガイドも導入されるなど、食への関心が年々高まっている。メイド・イン・ベトナムの酒も着実にレベルアップしており、料理に酒が花を添える楽しみ方が広がりつつあるという認識だ。

一方で気候の暑さから、現地で主流なのは今も軽めのラガーである。かつては氷を入れて飲むスタイルも一般的だったが、物流の発展により都市部ではしっかり冷えたビールが定着し、欧米のクラフトビール文化も流入し始めている。

鈴木氏は、こうした発展途上の段階こそが参入余地だと説明する。ドイツやベルギーといったビール大国にはあえて輸出していないという。こうした国々では街ごとに醸造所があり「自分たちの街のビールが世界一」という文化が根付いているため、入り込む隙が小さいことが多い。アメリカもクラフトビールメーカーが約1万件あり、状況は近い。対してアジアはクラフトビール文化がこれから伸びる余地が大きく、新しいものを積極的に取り入れる空気がある。

伊勢角屋麦酒内宮前店(写真出所)おかげ横丁
伊勢角屋麦酒内宮前店(写真出所)おかげ横丁

ベトナム事業で見えた現地の熱量と予想外の発見

ベトナム事業を通じて印象的だったのは、経済の現場を担う人々のエネルギーと芯の強さだという。「自分たちの未来は自分たちで作る」という前向きな気概を持つ人が多く、成長を後押しする熱量の高さを随所で感じたと鈴木氏は語る。英語が広く通じることもあり、欧米からの情報や文化を柔軟に取り入れる度合いも高いとみている。


創業1575年、餅菓子から味噌・醤油醸造、そしてクラフトビールへと事業を広げてきた老舗が見据えるのは、単なる海外生産拠点としてのベトナムではなく、現地の農産物と技術者の情熱を掛け合わせた、その土地でしか生まれない一杯である。1周年を迎えたISEKADO Internationalは、日本のものづくりが海外とどう向き合うべきかを示す、一つの実践例と言えるだろう。

商品概要

  • ブランド名:ISEKADO International
  • 第1弾:パッションフルーツペールエール(スタイル:フルーツペールエール) 原材料:大麦麦芽、小麦麦芽、パッションフルーツ、ホップ
  • 第2弾:ホッピーライスラガー(スタイル:ホッピーラガー) 原材料:大麦麦芽、米、ホップ
  • アルコール分:5.5%(2商品共通)
  • 容量:330ml
  • 価格:各317円(税込)
  • 販売チャネル:公式オンラインショップ(https://www.biyagura.jp/c/isekado_international)

会社概要

  • 会社名:有限会社二軒茶屋餅角屋本店
  • 代表者:代表取締役社長 鈴木成宗
  • 所在地:三重県伊勢市神久6丁目8番25号
  • 創業:1575年(天正3年)
  • 事業:餅菓子「二軒茶屋餅」(1575年〜)、味噌・醤油醸造(1923年〜)、 クラフトビール「ISEKADO(伊勢角屋麦酒)」(1997年〜)の3部門
  • URL: ▼ISEKADO:https://www.isekado.co.jp ▼ECサイト:https://www.biyagura.jp

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長

三浦 賢弥

KENYA MIURA

山形県山形市出身。筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。

ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。

お問い合わせ先は こちら