ベトナムの菓子・スイーツ市場は、この数年で明らかに様相を変えてきた。中でも中心的な役割を担うホーチミン市では、消費者が求める商品が年齢層や所得層によって細かく分かれ始め、ニーズそのものが一段と多様化している。そうした中で、消費者は「見た目の華やかさ」に加えて、「実際の味わい」を見極める目を持ち始めている。

今回InfoBankでは、ホーチミン市を拠点に日系企業を中心に飲食・菓子ビジネスの課題解決を数多く手がけてきたBROWN FISH CO., LTDの横尾氏に取材を行い、洋菓子・和菓子・ベーカリーといった各カテゴリの現状と、日本企業にとっての商機について詳しく伺った。

(お話を伺った相手)

BROWN FISH CO., LTD 代表取締役 横尾 隼東 

スイーツ各カテゴリに見るベトナム消費者の変化

ベトナムのスイーツ市場でカテゴリごとの動きを見ていくと、いずれも消費者が「おいしいもの」を見極める目を持ち始めていることを映し出している、と横尾氏は語る。

ケーキは個人店を中心に洗練された店舗が数年で充実してきた一方、チェーン展開という点では伸びが鈍く、量より質を求める選別が進んでいることがうかがえる。アイスクリームも同様に、個人経営のジェラート専門店が増え、ハーゲンダッツも久しぶりに店舗を拡大するなど、実力のあるプレイヤーへの支持が広がっている。和菓子については需要そのものの拡大は感じられないものの、生クリーム大福抹茶フレーバーといった商品は広く受け入れられ、市場にしっかり定着してきた。

こうしたカテゴリを横断する変化の根底には、消費者の目が確実に肥えてきているという共通の動きがあり、日系菓子メーカーが本来持っている「本物」の技術やブランドをしっかり提供できれば、市場は確実に反応するというのが横尾氏の見解だ。ただし、展開規模の設計や伝え方には相応の工夫が求められるという。

抹茶とクレープに見るブランド誘致の壁

象徴的な事例として挙げられたのが抹茶だ。ベトナムでは抹茶ブームが続いているが、実際に日本で本格的な店舗を構える抹茶ブランドがそのまま進出しているケースはほとんどないという。

こうした状況を受けて、商業施設のテナントミックスとしても、一過性で終わりやすい「派生的なベトナムブランド」ではなく、根付いた本物のブランドを誘致したいという発想が強まっている。そこで参考になるのが、日本のクレープ専門店が日本のコンセプトをそのまま持ち込んだ事例だ。

抹茶とは対照的に、本物のブランド誘致が実際に動き始めている例とは言えるものの、このケースにも課題が無い訳では無いという。ベトナムの消費者側にクレープという食べ物自体への馴染みがまだ薄く、日本で確立した独自性や価値を感じ取ってもらうには時間がかかる可能性がある、という現実も横尾氏は指摘する。

抹茶ラテやケーキ、アイスなど、抹茶を使ったメニューが幅広く展開されている。本格的な日本の抹茶ブランドの進出はまだ少ないが、こうした派生的な形での抹茶消費はベトナムで根強い人気を保っている。(出所)Japanit Coffee&Matcha House

日本で消えそうな技術、ベトナムで生きる洋菓子

横尾氏が特に強調したのが、日本ではもう再現しづらくなった品質の洋菓子・パティスリーが、ベトナムであれば今なお成立し得るという逆転した構図だ。

横尾氏自身、2000年代前半に福岡のパティスリー業界でマネージャーを経験しており、当時は有名パティシエが相次いで国際大会で活躍する「パティスリーブーム」の只中にあった。1個300〜400円台という手作りの高付加価値な菓子が成立していた時代である。

その一方で、当時の業界には長時間労働が当たり前という構造もあったという。早朝から深夜まで及ぶ勤務が続き、十分な休息時間を取れない働き方も珍しくなく、こうした環境の過酷さから技術職を志望する人材が年々減少し、結果として日本では以前と同水準の品質の菓子をつくることが難しくなってきているという。名だたる有名店であってもグレードダウンを免れなかったというのが横尾氏の実感だ。

金塊や吉祥文字までリアルに再現した、細部にこだわり抜いたデコレーションケーキ。手間と時間を惜しまない造形力の高さが、ベトナムの菓子職人の技術力を物語っている。(出所)Bánh kem ngộ nghĩnh

手間を惜しまない菓子作りが残るベトナム

対照的にベトナムでは、人手不足がまだそこまで深刻ではなく、手先の器用な人材も多いため、手間と工数をかけた高付加価値な菓子づくりが可能な状況が続いている。例えば、ホーチミン1区にある「IVOIRE」というケーキ店では、ベトナム人シェフが信じられないほど手間をかけたケーキを提供しており、往年の日本であれば実現できたクリエイティブな菓子づくりが、労働時間管理や人手不足に直面する今の日本では難しくなった一方、ベトナムでは依然として可能だと横尾氏は見ている。

ホーチミン1区の人気店IVOIREが手がける、細部まで作り込まれたケーキやプティフール。手間を惜しまない菓子づくりが今もベトナムで実現できていることを示す一枚。(出所)IVOIRE

生クリーム不足の壁とチョコレートの可能性

ベトナムの菓子業界がさらに進化していくうえで、大きな壁になっているのが生クリームの品質と選択肢の乏しさだと横尾氏は指摘する。

ヨーロッパはチーズや生クリームが豊富だが、アジア全体ではもともと乳製品の供給基盤が薄く、ベトナムで入手できる輸入生クリームは品質・味わいの面で見劣りし、選択肢も限られている。そのため多くの菓子店が似通った味に落ち着きがちだという。

日本国内でも生クリーム事業自体は収益性が高くないとされ、あまり展開が進んでいない領域であり、横尾氏は「ベトナムで国産の生クリームが本格的に出てくる可能性は当面低い」と見ている。生クリームの品質課題が解消されれば、ケーキや和菓子(生クリーム大福など)、アイスクリームを含めた市場全体がよりアッパーエンドの商品を出しやすくなる、というのが横尾氏の見立てだ。

世界を狙えるベトナム産チョコレートの実力

一方で、生クリームが乏しいベトナムにも強みがある。それがカカオ・チョコレートだ。ベトナムはカカオの生産量で世界トップクラスの成長率を見せているにもかかわらず、日本ではまだあまり注目されていない。産地の個性がそのまま味に出るチョコレートというカテゴリにおいて、横尾氏はベトナム産のほうが食べやすく美味しいものが多いと評価しており、その根拠は純粋に「味」だと語る。

例を挙げれば、「MAROU」のようにカカオ豆から板チョコまで自社で仕立てるビーントゥバー系のブランドが目立っているが、ショコラティエが手がけるような技術的で高価格帯のチョコレートボンボンというジャンルはまだ存在していないという。この領域まで発展すれば、ベトナムのチョコレートは世界的にもっと評価される可能性があると横尾氏は見ている。

ベトナムの「MAROU(マルゥ)」は、2人のフランス人が創業した世界的に有名なクラフトチョコレートブランド。カカオ豆の選定から板チョコの製造までを一貫して行う「ビーントゥバー(Bean to Bar)」の先駆け的存在で、ベトナム産カカオの豊かな風味を活かした高品質なダークチョコレートを手作りしている。(写真出所)Mekong Capital

ケーキ・パン・ベーカリーに表れるベトナムの消費心理

ケーキの選び方に見るベトナムの個人志向

ケーキの形状にもベトナムらしい変化が表れている。丸いケーキが好まれてきた背景には、台湾・中国・ベトナム・マレーシアなど中華系文化圏に共通する「丸=良い」という価値観がある。台湾などでは複数人で同じケーキを分け合う消費文化があったのに対し、ベトナムでは同傾向もありつつも、近年、すでに切り分けられたものアソートされたものが市場に出始めている。

横尾氏はこれを、ベトナム人が他国と比べて個人のニーズを重視する傾向が強く、その価値観がケーキ選択の細分化・小分け化という形で表れていると分析し、今後は日本のように「個々に選ぶ」文化へさらに近づいていく可能性があると予想する。

誕生日ケーキ需要、アジアトップ級の理由

誕生日需要の大きさも見逃せないポイントだ。横尾氏によれば、ベトナムの誕生日需要はアジアでもトップクラスで、職場でも家庭でも友人間でもケーキを買って祝う消費シーンが根付いているという。

ケーキの系譜としては、バタークリームやとうもろこしを使ったケーキから、韓国風ケーキ、見た目重視の派手なケーキへと主流が移ってきた。ただ、「ケーキがあること」自体の需要は満たされてきたものの、「おいしく食べられるケーキ」への需要はまだ十分に満たされていないと横尾氏は見ており、ここに市場の余地があるという。実店舗での品揃えを厚くし、当日購入をしっかり支えることに加え、タグや箱でブランドを見せることが、SNSでの拡散も含めたリピート創出につながると横尾氏は指摘する。

「映える」パンと「美味しい」パンの違い

ベーカリー・パン市場については、インスタ映えするカフェ併設型のサワードウやクロワッサン専門店が増えている。一方で、消費者が本当に「美味しい」と評価して食べているのか、それとも見た目やSNS的な体験としての消費なのかという論点がある。

横尾氏の見解では、現時点では「綺麗・可愛い・おしゃれ」という心理的価値を重視した消費が中心で、通が好む高価格帯でエッジの効いたパンは実際にはあまり評価されておらず、食べ残されるケースも見られる。実際に多くの人が好んで食べているのは、クロワッサンやパンオショコラのような分かりやすいパンであり、より先端的な味を楽しんでいるのは日本人や欧米人などの外国人が中心だという。

SNSで話題になっているベトナムのベーカリー・クロワッサン専門店。見た目の華やかさが先行する一方、「美味しさ」がどこまで評価されているかは論点だ。(出所)Tik Tok

「ベーカリー」の安心感を生かす販売戦略

こうした状況を踏まえ、横尾氏は「お菓子屋さん=ベーカリー」という心理的な安心感を活用したマーチャンダイズ戦略の重要性も語った。ベトナムでは韓国ブランドが先行して進出し、ベーカリーの中にスイーツを組み込む店舗構造で展開してきたため、菓子店をベーカリーとして呼ぶ消費者が多い。

日系菓子メーカーは生菓子を主力に売りたい傾向があるが、売り場の導線でベーカリー寄りの商品を先に見せることで安心感が生まれ、カテゴリを飛び越えて生菓子へと消費者を誘導しやすくなるという。更には店内加工のデモンストレーションを組み込むと、その効果はさらに高まるという。

伸びるジェラート、伸びそうで伸びないドーナツ

なぜドーナツは根付かないのか

「流行りそうでまだ流行らない」カテゴリとして横尾氏が挙げたのがドーナツだ。ミスタードーナツの「ポンデリング」を模したある店舗は、安価で可愛いという好条件が揃っていたにもかかわらず広がりを欠いた。また、クリスピー・クリームを模した店舗も、製造過程を見せる演出は評価されたものの油の質に課題があり定着しているとは言えない。

横尾氏の仮説では、ベトナムには「お菓子をまとめ買いして持ち帰る」という消費シーンがまだ十分に確立しておらず、本来自宅消費に近いカテゴリであるドーナツを、自宅に人が集まって皆で食べるという行動様式がボトムアップで根付いていないのではないかと推測する。

お菓子は「誰かのおもてなし用」「誕生日用」「自分へのご褒美」といった消費シーンに合わせて売る必要があり、ベトナムではこのシーンへの適応がまだ発展途上で、商品の順番が本来のセオリーとずれている感覚があるという。

Crispy Donuts – Crescent Mall(出所)Facebookアカウント

乳製品に頼らないジェラート市場の強み

一方で伸びているのがアイスクリーム・ジェラート市場だ。牛乳や生クリームの供給が限られているため、本格的なアイスクリームをつくりにくい市場構造がある。その一方で、乳製品への依存度が低いジェラートソルベは、フルーツを豊富に使えることもあり、ベトナムで伸びやすいカテゴリとして存在感を増している。

実際にジェラート専門店は増加傾向にあり、外国人シェフによる専門店も出てきている。ハーゲンダッツもコロナ禍前後の店舗数減から回復し、サイゴンセンター/高島屋の向かいといった一等地に大型新店舗を出すなど、市場全体は伸びていると横尾氏は評価する。

カテゴリの発展は、まず高価格帯の専門店が先行して認知を広げ、その後チェーン化・大規模化・低価格化が進むのが通常の順序であり、ジェラートがカフェに置かれることで、夜の外出時の選択肢として自然に浸透していく可能性もあるという。

「Tre Sorelle Gelato」:ベトナムのホーチミン市にある家族経営の本格的なイタリアン・ジェラート専門店。店内で手作りされる高品質なジェラートがホーチミンのデザートシーンで高い評価を受けており、ローカルの新鮮なフルーツも使用されている。(出所)Instagram

子育て世代が求める安心安全と日本企業の商機

パワーカップルが変える子育て世代の消費

今後の消費行動を見通すうえで横尾氏が最も強く言及したのが、子育て世代を中心とした「安心安全」志向の急速な高まりだ。現在30〜40代の子育て世代の親世代は、ベトナムの経済的な過渡期を生き抜いてきた世代であり、その反動もあって現在の30〜40代は国際的な経験やチャレンジ精神が強く、起業家も多く、結婚後も夫婦共働きのパワーカップルが目立つという。

子どもが生まれると教育や食への投資意欲が非常に強くなり、学校選びや食品の安全性への意識が高まっている。「何が入っているか分からないものは買いたくない」という声もここ2〜3年で急増しているという。

こうした動きは現状、富裕層からアッパーミドル層が先行しているものの、今後は幼稚園以上の子どもを持つより広い層へと徐々に広がっていく見込みだ。親世代が日本の子ども向けの安心安全に関する事例を自主的に調べる動きも出てきており、無添加オーガニックトレーサビリティといった、日本の菓子メーカーが従来当たり前に取り組んできた要素に、あらためて価値が見出される可能性は高いと横尾氏は見ている。

エリア別に見るベトナムの出店戦略

出店戦略についても、日系としてのプレゼンスを維持するなら旧1区や旧3区の旗艦店としての機能は依然重要だとしつつ、菓子の進化や情報発信は旧2区から始まる傾向があり、潜在的な需要は旧7区や市内の幾つかの繁華街エリアにあるのではないかとの整理を示した。物件の入れ替わりが早いベトナム市場では、何店舗をどのエリア・顧客層をターゲットにどの時間軸で展開するかという店舗開発の視点を先に固めたうえで、仮説検証を積み重ねていくことが不可欠だという。

ベトナムの菓子・スイーツ市場は、生クリームの不足ドーナツの消費シーンの未成熟といった状況があれども、洋菓子・チョコレート・ジェラートといった領域では確実に日本以上の伸びしろを残しているといえるだろう。そこに「安心安全」という新しい消費価値が重なり始めていることを踏まえれば、日本企業が持つ技術やブランドの「本物」を、どのタイミングでどう持ち込むかが、今後のベトナム市場での成否を左右することになりそうだ。

専門家お問い合わせ先

BROWN FISH CO., LTD

横尾 隼東

代表取締役

所在地:2‬nd‬ Floor, Saigon Paragon Building,No.3, Nguyen Luong Bang Street,‬Tan My Ward (District 07), Ho Chi Minh City

事業内容:ベトナム市場における事業開発や展開の現地業務を「駐在代行」として支援。進出に対しては、各分野の専門4社でのアライアンスによる一気通貫の支援を提供。

本記事の編集・執筆者

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長

三浦 賢弥

KENYA MIURA

筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。

ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。