ベトナムで次の工場をどこに置くか。この問いの選択肢が、ハノイ・ホーチミンの二大都市圏の外へ広がり始めた。2025年7月、沿岸のビンディン省と高原のザライ省が統合し、深水港と空港を持つ沿岸部と、コーヒー・木材の産地である中部高原が同じ行政区に収まった。新省の投資登録額は2026年上半期に前年同期の3倍を超え、クイニョンと高原を結ぶ高速道路の建設も進む。
この地で、ビンズン省の工業団地開発で知られるベカメックスがVSIPと組み、総面積1,425haの「ベカメックスVSIPビンディン工業団地」を運営している。InfoBankは同団地を運営するベカメックス・ビンディン社(Becamex Binh Đinh)のグエン・ヴァン・ラン(Nguyen Van Lang)総裁に取材を行い、中部が二大都市圏に次ぐ工場立地になり得るのかを公表データと合わせて検証した。
【取材対象者】

ベカメックス・ビンディン社(Becamex Binh Đinh)総裁
グエン・ヴァン・ラン
Nguyen Van Lang
Becamex IDC傘下の同社で、ベカメックスVSIPビンディン工業団地(1,425ha)の開発・投資誘致を統括する。
ベカメックスVSIPビンディン工業団地 公式サイト
https://becamexbinhdinh.com.vn/ja/
2025年7月、沿岸ビンディンと高原ザライが統合
新ザライ省は面積2万1,576㎢、人口約350万人で、行政の中心はクイニョン市に置かれた。クイニョン港、フーカット空港、国道19号が沿岸と中部高原を結び、2027年末の技術開通を目指して建設中のクイニョン〜プレイク高速道路が完成すれば、現在3.5〜4時間かかる両地域の往来は大きく短縮される見込みだ。
経済の足取りも速い。2026年上半期の域内総生産は前年同期比8.2%増と省として過去最高の伸びで、製造業と建設が牽引した。投資誘致は件数で前年同期の2.4倍、登録資本で3.2倍に膨らんだ(ザライ省人民委員会)。ただし、動いているのは今のところ国内資本が中心で、外資の本格参入はこれからという段階にある。同団地への進出企業も、最初の一群が稼働を始めた局面だ。

高原の農林資源と沿岸の加工・輸出をつなぐ設計
同団地が自らに課す役割は、ザライ省をコストの安い立地として売り込むことではなく、沿岸の生産活動と高原の原料・市場をつなぎ、中部に新たな産業の極をつくることにあるという。各工業団地が独立して発展するのではなく、地域で連携した供給網を形成する考え方だ。既に進出した9社10案件は木材加工、食品・飲料、機械・自動車部品、繊維など多業種にわたる。省の輸出額の約3分の1を木材・林産物が占めており(ザライ省木材・林産物協会)、高原の原料と沿岸の加工・積出港を結ぶ産業構成の萌芽が見える。
南部は工業用地の新規供給ゼロ、人材の確保にも限界
二大都市圏には市場、サプライヤーの集積、経験ある人材、取引先との近さという大きな強みがある。同団地もそれを認めたうえで、都市化と産業集中が生む課題を三つ挙げる。第一に用地だ。開発の進んだ地域では、大規模案件や段階的な拡張に適した区画の確保が難しくなっている。2026年第2四半期、南部重点経済圏の工業用地は新規供給がなく、ホーチミン市の入居率は86.1%、賃料は187.5ドル/㎡と前年同期比6.8%上昇した(Cushman & Wakefield)。
第二に人件費と生活費である。企業が集まるほど採用競争が強まり、賃金・住宅・通勤の面で負担が重なるという。2026年の地域別最低賃金は第1区分が月531万ドン、同団地の所在地が属する第4区分は370万ドンだ(政令293/2025/NĐ-CP)。
第三に交通密度と移動時間の長さが、企業と労働者の双方に間接コストを生む。これらは製造業にとって総運営コストと労働力の安定に直結する項目であり、地域ごとに経済の生態系と発展段階が異なるからこそ、中部のような地域に大型団地を都市計画と一体で整備する余地が残るというのが同団地の見立てだ。

既存拠点を残し、第二工場を中部に置く発想
同団地はザライ省を既存産業中心の代替地ではなく、生産能力の拡張と投資地域の分散によって国内の供給網に柔軟性を持たせる選択肢と位置づける。日本企業が立地を比べる軸は、総運営コスト、人材の確保と定着、物流効率、将来の拡張余地の四つだという。ザライ省の価値はコストそのものより、投資家の需要に応じて一体的に計画し、インフラを整備できる余地にある、というのが同団地の説明だ。ホーチミン近郊の既存拠点を残したまま、増産分や新ラインを中部に置く発想が念頭にある。
工場だけでは定着しない、住宅と生活機能を併設
ビンズン省で得た教訓として同団地が挙げるのは、生産用地の提供だけでは工業団地は持続しないということだ。交通、物流、住宅、生活サービスを一体で整える発想を中部に持ち込み、1,425haのうち374haを都市・サービス用地に充てている。工場に先立って住宅・商業区画を整備しているのは、人材の集積が薄い地域で労働者を呼び込み、定着させるためだ。中部に出る企業にとって、通勤圏の住環境は賃金水準と並ぶ検討項目になる。集中排水処理施設と24時間の自動観測が稼働し、団地内の企業向けに247.6haの太陽光発電所も建設中だ。

集積に近いか、拡張余地を取るか 日本企業の判断
サプライヤーと熟練人材に近い二大都市圏か、原料地と積出港を抱え拡張余地のある中部か。省合併と高速道路の整備で、この問いは机上の比較ではなくなりつつある。
同団地は立地調査の段階から投資計画の策定、稼働までを伴走する姿勢を示しており、先に動く企業が周辺の産業集積を形づくることになる。長期の投資を前提に置く企業ほど、現在の集積の薄さを割り引いてでも将来の拡張余地を取る判断があり得る。次の工場をどこに置くか。判断の軸は一つ増えた。
※本記事はベカメックス・ビンディン社(Công ty Cổ phần Becamex Bình Định)のグエン・ヴァン・ラン(Nguyễn Văn Lăng)総裁(Tổng Giám đốc)への取材をもとに構成した。

ベトナム経済メディアInfoBank 編集長
三浦 賢弥
KENYA MIURA
山形県山形市出身。筑波大学大学院でのベトナム研究・ホーチミン市師範大学での留学を経て、JETRO(日本貿易振興機構)に入構。
ベトナム進出コンサルティング・市場調査会社に7年間携わり、2026年1月にベトナム経済メディアInfoBankを企画・運営する株式会社InfoBase創業。代表取締役に就任。
お問い合わせ先はこちら
